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第2話

「親父が好きだったんだよ、この歌。戦死したじーさんとよく一緒に歌ってたって言って何度も聞かされてなぁ……」 僕は祖父に当たるその人を写真でしか知らなかった。 僕が生まれるずっと前、父が力士になってすぐに病気で亡くなってしまったからだ。 「じーさんはこの歌の通りの海の男で、海軍の軍人だったんだと。親父が小さい頃に戦争で船と一緒に沈んじまって、写真も空襲で焼けて残ってないからどんな顔だったかあんまり覚えてないけど、一緒に歌ったこの歌はハッキリ覚えてるって言ってたんだ」 「ふうん……」 僕は、会った事もない人たちの話をされて、どうしていいか分からなかった。 「親父ってさ、俺がガキの頃から病気ばっかしてて入退院を繰り返してたんだよ。それもあったのかじーさんが憧れの存在だったみたいで、俺にはじーさんみたいな強い海の男になって欲しいってよく言ってたんだ。親父の病院代でウチはかなり貧乏で、俺、頭は悪かったけど昔から身体がデカくて丈夫だったから、すぐに金を沢山稼げる仕事をしようって思ってたら今の親方の親父さんに声かけられて力士になったんだ」 「そうなんだ……」 「お前にもその偉大な海の子の血が流れてんだ。強くて逞しい男になれよ、春希」 父は笑顔でそう言ったけど、僕にはそれが重荷でしかなかった。 こんなに小さいのに曽祖父や父のようになんてなれる訳がない。 むしろ僕はよく風邪を引くから、祖父のように病気になって大人になる前に死んでしまうかもしれない。 当時、春楓よりも小さくて気が弱くて泣き虫だった僕は本気でそう思っていた。 本番のテストでの伴奏は先生が弾くので僕は歌うだけだったけど、春楓と春翔と3人揃って100点を貰えた。 それを父に報告したら父はとても喜んでくれて一緒に歌おうと言い、僕はピアノを演奏しながら父と『われは海の子』を7番まで歌ったんだ。 「俺はな、6番の歌詞が好きなんだよ。何があっても恐れない、強い気持ちが男らしくて俺に勇気をくれるんだ」 『お前にも、そんな心身共に強い男になって欲しい』 そう言われて、僕は父から更に重い重荷を背負わされた気がした。 ……………………………………………… でも、年月が経つにつれて、僕は大好きな春楓を守る為に変わろうって決意した。 引退し、親方になって相撲部屋を開いた父にお願いしてお弟子さんと一緒に稽古に参加して、身体だけは父のように大きくなり、声も父と同じように低くなった。 父はそれをとても喜んでくれたけど、僕の心は春楓の為に強くなりたいっていう気持ちはあったものの、ピアノが大好きな気弱な子供のままで最初は身体が大きくなる事さえ嫌で、恥ずかしいとさえ思っていた。 高等部に進んで、ずっと大好きだった春楓と恋人関係になってようやく、僕はほんの少しだけ自分に自信が持てた。 高等部を卒業する頃にはとうとう父の身長を追い越し、父はその時もとても喜んでくれた。 「子は親を越えていくもんだと俺は思う。お前は頭がいい時点で俺を越えていたと思うけどな」 試験を受けて別の大学に進む事も、父は中学しか卒業していない自分よりも凄い事だと言って応援してくれた。 けれど父は僕の大学卒業と大学院進学が決まり、僕からこれから先、本当に望んでいる事を打ち明けた時、予想はしていたけど猛反対し、怒り狂った。

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