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第39話 おばさん新人に狙われる俺のち◯こ(1)
偏執正義マン本庄が抜けた後、補充のなかったうちの支店にやっと人が入ることになった。
非正規雇用で働いていたパートさんが正社員になって別の支店からやって来たのだ。
一応仕事には慣れてはいる。しかし、非正規のときにやっていたのとは違う仕事も多いため、やはり新人というくくりになる。
今回は俺ではなく、5年目のアラサー女子北条さんが教育係に指名された。サバサバした美人で仕事のできる子だ。
新しく入った元パートの新人は竹内さんという40代後半の女性だった。
地味な見た目の普通のおばさんという印象で、愛想もあまりよくなく少し暗めな印象。
かといってものすごく悪い点があるわけでもないというのが元々いる職員の間での評価だった。
竹内さんは基本的に北条さんが指導しているのだが、なぜかしょっちゅう俺に質問にくることに最近気がついてしまった。北条さんの手が空いていないときは仕方ないと思う。でも、そこに暇そうにしてるのに…というときに、メモを片手に教えを請いに来ることが度々あった。
それも最初はとくに気にしていなかったんだけど、竹内さんの歓迎会のとき北条さんと話していて指摘されたのだ。
「ねえねえ、池沢さん。竹内さんってわかんないとこあるとよく池沢さんに聞きに行ってません?」
アラサー美人の北条さんが隣に来たので俺はちょっとテンションが上がった。
唐揚げがうまい。
「え?ああ、そういえば…来るね」
「ですよね?私、手が空いてるのに池沢さんの方に行っちゃう時あって…なんかすみません迷惑かけて」
そう言いながら気にしてるのか気にしてないのかわからない感じで北条さんはごくごくとビールを飲んだ。
「いや、北条さんのせいじゃ無いよね」
「一応、池沢さん忙しいから私に聞いてくださいって言ってるんですけど。ほら、年上だからなんというか…あまり強く言いにくいっていうか」
「あーわかる。なんっか調子狂うよね」
俺は枝豆をぼりぼり食べながら答えた。
年上で部下的ポジションの人って扱い難しいんだよなぁ。
しかも相手はパートとしてはベテランだから、自信あったりするし。
「でも俺にはやたら下手に出てくるんだよなぁ」
それを聞いて北条さんの顔色が変わった。
「それ本当ですか!?私に対してなんてもう、全部知ってるから放って置いてって感じなんですけど」
一応離れた席だけど竹内さんもいるので声を潜めて耳元に囁いてくる。
「え!?そうなの?」
俺たちは顔を見合わせて、竹内さんの方を見た。
今は上司たちと飲んでいる。
「はぁ…なんか憂鬱です」
北条さん、苦労しそうだなぁ。
そんなふうに最初は他人事と思っていた俺だった。
しかしある日、竹内さんはわからないことがあったのに北条さんに聞かずに独断で行動してミスをした。
北条さんが参加しないといけない会議があってその日は抜けないといけなかったので、後処理を俺がすることになった。
この程度のミスなんてよくあるから別にいいんだけど、北条さんから飲み会で話を聞いていたので今回の件は嫌な方向に進んじゃったなという印象だ。
一応上司にも報告かなぁ。北条さんと話してからだけど。
俺は一人でその後処理をするため残業していた。
大した内容ではないからすぐに終わりそうだ。
とりあえずコーヒーでも飲みながらやるか。そう思って給湯室に向かおうとドアを出たら…
廊下の物陰にゆらっと人影が見えた。
「うわっ!」
おばけ!?
…なわけねーか。
「池沢さん…」
「た、竹内さん!?あれ?もう帰ったんじゃ…」
びっくりしたぁ、竹内さんなんか影薄いからさぁ。
おばけとか思ってごめんな。
竹内さんは俯いてボソボソと喋りだした。
「あの…今日はご迷惑おかけしてすみませんでした…帰る前に謝る機会がなく…その、申し訳ありません…」
「え、そんなのなんともないですよ。これくらい誰でもやるミスですし」
それだけのためにわざわざ戻ってきたの?!律儀っつーかなんつーか…
「すいません!池沢さんにご迷惑がかかるとは思わなくて…」
竹内さんは俯いたまま震え始めた。
どした???
「ええ、だからいいですよって…」
「私のこと嫌いになりましたよね!?こんな迷惑かけて。もう嫌いですよね!?」
カッと目を見開いてこちらを見つめてくる。白目が血走ってる。
「はぁ???」
「私のこと、嫌いですか!?」
え、こわ!
すごい迫力…影薄いと思ってたけどそんなことねーな?!
「いや…嫌いとか思ってないですけど……?」
「本当ですか!?」
もう、掴みかからんばかりに顔を近付けながら迫ってくる。
俺は身体を仰け反らせて避ける。
「は、はい…」
「本当ですね!?じゃあ、私のこと好きですか!?」
「え?」
なになに?
「好きですね!?」
「あ…ハイ…」
竹内さんは急に身体を引いて一歩後ろに下がった。
「ありがとうございます…こんなミスをしたのに、私のことを嫌わず好きと言ってくれて…」
胸に手を当てて一人で頷いている。
「え?」
「それでは、お疲れ様でした」
ペコリと頭を下げると、踵を返して去っていった。
「なんだったんだ…あれ?」
俺はこの好きの一言がことをおかしな方へ向かわせていくと気づいていなかった。
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