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第40話 おばさん新人に狙われる俺のち◯こ(2)
次の週のことだ。竹内さんが休憩中の俺の所にずいっと寄ってきた。
「池沢さん、これどうぞ」
「へ?」
手にはカラフルなビニルの包みを持っている。リボンで結んだ袋だ。
「なんですか…これ?」
「クッキーです。手作りの。この前の、ミスのお詫びです…」
「え?!別にそんなの気にしないで下さいよ」
竹内さんは俯いて頬を染めながらグイグイと手渡してくる。
いらねー…けど断ったらダメなやつだろうな、これ…
「あ、ありがとう…いただきます」
家に帰って、ため息をつきながらその包みを眺める。
「はぁ…」
正直、あんまり親しくない人の手作りお菓子は食べたくない。
しかし俺も料理する人間として、作ってくれたものをそのまま捨てるのは忍びない。
「一個だけ食うか」
リボンを解いて袋を開ける。
中には丁寧に作られたと思しきアイスボックスクッキーが入っていた。
チョコとプレーンの組み合わせで市松模様になったのや、渦巻き模様の物などなかなか手が込んでいる。
「へー、竹内さん手先が器用なんだな」
意外と美味しそうじゃん?と思って1つ摘んで齧ってみた。
「ん…?」
一口齧ってみたところ、ズルズルっと何か中から糸のようなものが出てきた。
「うげ!髪の毛!!?」
気持ち悪い!!一瞬口に入っちゃったよぉ~!!
短い髪の毛、と思ったけど取り出してみると縮れてる。
竹内さんはおかっぱ頭のストレートヘアだ。
「え…やだ…」
まさか……
あれですか??陰毛…???
「いやいやいや、んなわけねーだろ!はははっ!」
とひとりで言いながらドタドタと洗面所に駆け込んで口をすすいだ。
おえーっ!うそだろ。勘弁してよお。
あんなたくさんあるのに、よりによって陰毛クッキー引いちゃうなんて俺引きが強すぎんだろ!?
「はぁ、はぁ、はぁ…最悪…」
もー。自分が悪いんだけど、竹内さんのこと見たら今後陰毛が頭に思い浮かんじゃいそうだよ…。
「ただいま~」
「あ、篠田ぁ!お帰り~」
俺は涙目で篠田に抱きついた。
「え、どうしたの先輩??」
「怖いよぉ!」
「え???」
クッキーを間に挟んで俺と篠田はダイニングに向かい合って座っていた。
「………というわけなんだよ」
「へぇ…これがねえ」
篠田は袋の中を覗き込んだ。
手を入れようとするので慌てて止めた。
「何してんだよ!危険だろ!」
「いや、そんな大袈裟な」
篠田はヘラヘラと笑っている。
馬鹿なのかこいつは!?
ガサガサっ
「ああ~!バカバカ!ダメだよ触ったら」
あろうことか篠田はクッキーを一つ手に取り、パカっとふたつに割ったのだ。
「ひぃー!ばか、やめろって!!」
「あ!?」
「え?」
ずるるるる…
嘘だろ…?
篠田が割ったクッキーにも毛が混入していたのだ。
「先輩これ…ヤバいっすね」
「うん…どうしよう篠田…」
「ここ最近、先輩が狙われるのって男相手だったから忘れてましたけど基本的に先輩っておばさんキラーで有名でしたもんね」
俺は頭を抱えた。
そうだったー。なんか、いつの間にか俺も気をつける相手は男って思い込むようになってた。
アナル脳やべえな。
「でもさ、これ何?全部に毛を入れてんの??呪い??」
だとしたらストーカー系じゃなくて祟り系?俺、恨まれてるとか?
「うーん、でも好きとか嫌いとか言ってたんですよね。やっぱ愛っすかねぇ」
「やめろよ!ゾワッとしたわ」
「まぁ、とりあえず捨てましょう」
クッキーはゴミ箱行きとなった。
次の日案の定竹内さんから味の感想を聞かれた。
俺はとりあえず美味しかったと答えて愛想笑をして流した。
「はぁ…やれやれ、これで終わればいいんだけど」
しかしもちろんこれでは終わらなかった。
「池沢さん、ちょっといいですか」
「北条さん?」
ある日の帰り道、駅に向かう途中で北条さんと出くわした。
というか、北条さんは俺のことを待ち伏せしていたのだ。
きょろきょろと辺りを見回した北条さんは急いで駅前のカフェに俺を連れ込んだ。
そして何も聞かずにコーヒーを2つ注文してグラスの水をごくごく飲んだ。
「すいません!無理矢理連れてきちゃって」
なんだ?俺、もしかしてモテ期?
「あの、お話ししたいことがあって」
神妙な顔をしている。告白か?
ちょっとドキドキすんだけどー!
「なんです?」
「竹内さんのことなんです」
「そっちかあ~!」
「え?そっち?」
北条さんは訝しげな顔をしてこちらを見ている。
「あ、何でもない。竹内さんがどうかした?」
「竹内さん、ヤバいです。多分池沢さんのこと狙ってます」
「あ…」
北条さんが何でそれを!?
ここでコーヒーが運ばれてきた。
北条さんはそれを一口飲んで続けた。
「飲み会の時私、池沢さんの隣で話してたじゃないですか。それで何故か私が池沢さんと浮気してるんじゃないかって問い詰められたんです」
「はぁ~!?浮気ってなんです?!」
北条さんも困りきった顔をしていた。
「私もよくわからないんですが、たぶん竹内さんの口ぶりだと池沢さんと付き合ってるつもりになってると思います」
「へ!?!?」
俺はびっくりしすぎて思考停止してしまった。
「付き合ってる…?」
「はい。それで、飲み会のときに私が池沢さんと親しげに話してたけど調子に乗るなって…腕掴まれてこれですよ」
北条さんは左腕に貼っていた絆創膏を剥がして見せてくれた。
誰かが思いっきり掴んで爪が食い込んだような傷ができていた。
「これ…まさか…」
「はい。竹内さんにやられました」
「大丈夫!?ちょっとこれヤバくない?」
「やばいです。正直かなりあの人やばいですよ」
北条さんと俺はしばし無言で見つめ合った。
「でもなんで…」
「クッキー食べました?」
「え?なんで知ってるの?」
「竹内さん言ってたんです。私のクッキー食べたから池沢さんは私の物って。これはお伝えするか迷いましたが、これから2人で赤ちゃんをつくるんだって言ってましたよ」
ゾワゾワっと鳥肌が立った。
「ひっ…な、なにそれ…」
「池沢さん、ごめんなさい。私これ以上池沢さんに近づくと何されるかわからないのでご忠告するのは今日で最後と思ってください。それじゃ失礼します」
北条さんは一度周囲を見回すと伝票を掴んで席を立った。
「あっ、俺が…」
俺が払うと言おうとしたが、怖い顔で首を振られて何も言い返せなかった。
今聞いた話が怖くて、俺はコーヒーが冷めてもしばらく立ち上がれなかった。
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