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第80話 剣志が熱出したので看病に行く(下)

翌日の土曜日、俺は剣志のマンションに来ていた。 エントランスのインターホンを鳴らす。 ピンポーン 応答がない。 ん?居るよな? ピンポーン 『…』 ブツっとスピーカーの音がしたが、何を言うでもなく無言でエントランスのドアが開いた。 俺は中に入ってエレベーターで部屋の階に上がり部屋のドアチャイムを鳴らす。 ピンポーン 「ん?」 ピンポーンピンポーン 聞こえてないのかなと思ったとき、部屋の中でガラガラ、ゴトンと大きな物音がした。 いるんだな。ていうか大丈夫か?? 俺はドアをノックして声を掛ける。 「おーい、剣志大丈夫~?」 するとドアを開けて剣志が顔を出した。 「わ!顔真っ赤じゃん。大丈夫?!」 「……だいじょぶ…」 明らかに大丈夫じゃない。 めちゃくちゃがらがら声じゃん。相当喉やられてるなこれ… 「あー、わかったわかった話さなくていいから。ほら、ベッド戻れ」 フラフラしてるので肩を貸してやって寝室に行く。 廊下に空き缶と瓶の入った袋が転がってる。さっきの物音はこれにぶつかったんだな。 ちらっとリビングを見たけどゴミ出しに行く気力も無かったらしくて部屋中めちゃくちゃだ。 「あ、ちょっと待って先にシーツ替えるわ。座ってられる?」 俺が訊くと剣志はうんうんと頷いて椅子に座った。 息が荒い。かなり熱がありそう。 俺は汗で汚れたシーツを新しいものに取り替えた。 剣志自体が着てる服も汗で湿ってたので脱がせて、身体を濡らしたタオルで拭いてから着替えさせる。 一体いつから寝込んでたんだ? ぐったりして半分寝てるような状態の剣志はいつもより幼く見えた。 篠田が言ってたけど、剣志がお母さんにわざわざ連絡するくらいだから相当酷いだろうって。 彼女がいれば彼女に頼むんだろうけど、ナイトプールの件であの美人CAとは別れたみたいで頼む相手もいなかったようだ。 さっさと俺か篠田に言えばよかったのに。 剣志の家に何があるかわからなかったのでドラッグストアで解熱剤や冷却シートなどを買い込んで来ていた。 熱を測ったら38.8度もあって、あまりにも辛そうなので解熱剤を飲ませた。 着替えさせた剣志をベッドに寝かせ、冷却シートを貼ってやる。 熱が少し下がれば少し楽になるはず。 俺は剣志が寝てる間にリビングの片付けをすることにした。 本当にいつから具合悪かったんだろう? 以前来たときはかなり整理整頓されていた部屋だったので、今のめちゃくちゃな状態を見て不安になった。 彼女と別れたからショックで落ち込んでたんかな? にしてはもうだいぶ経つか… ゴミをまとめて袋詰し、脱ぎ捨てられていた服は洗濯する。さっきのシーツなども洗濯した。 晴れてたからちょうど洗濯日和だった。 大体片付いてリビングの掃除も終わった。熱が下がってもしばらく掃除する気力は無いだろうから水回りの掃除もやっておく。 食べられるかわからないけど一応食材も買ってきたのでお粥を作ろう。とりあえずご飯を炊く。 さっき冷蔵庫を見たら賞味期限切れのものがいろいろあり、それらも勝手に処分させてもらった。 その代り適当に作り置きのおかずを作って冷凍しおくことにする。 あ、飲み物だけでも持って行っておかないと… 寝てると思うけど一応ペットボトルの水を持って寝室に入る。 薬が効いて、さっきより息も苦しそうじゃなくなってる。しっかり寝れてるみたいでよかった。 まだ冷えてると思うけど一応おでこの冷却シートを貼り替える。 顔や首の汗を拭いてリビングに戻ろうとしたら手首を掴まれた。 そして掠れた声が聞こえた。 「行かないで…お母さん…」 まさかのお母さんと間違われた。 しかもこんな弱々しい剣志見るの初めてだよ。男だけど母性本能くすぐられる! 「ここにいるよ」 俺は剣志の手をギュッと握って、しばらくベッドの傍にいることにした。 * * * * * 「おーい、先輩」 揺り起こされてハッと目を覚ましたら篠田が居た。 「あれ?俺寝てた!?」 剣志のベッドに頭突っ伏して居眠りしていたらしい。 「やっべ、料理作るつもりだったのに」 「ごめんね、よく寝てたけどキッチンに色々出しっぱなしだったから起こした方が良いかなと思って」 「うん、ありがとう。やらなきゃ」 剣志はすやすや寝てる。 俺は慌ててキッチンに戻って料理を始めた。 1時間くらい寝てたみたいだ。 晩御飯を多めに作って俺と篠田で食べ、残りは冷凍する。 その他にも何品か作って冷凍庫に入れておいた。 ご飯は一部お粥にした。 剣志は21時頃起きてきて、少しだけお粥を食べた。 でも喉が痛くて飲み込むのが辛そうであまり多くは食べられなかった。 それで思いついて篠田にゼリー飲料を買いに行ってもらった。 剣志は常備薬を飲み、熱が少し下がってたのでシャワーだけ浴びると言ってバスルームに行った。 寝る前に篠田の買ってきたゼリー飲料を少しだけ飲んで剣志はまた寝室へ行った。 * * * * * 翌朝、俺は起きてまたお粥を作った。 キッチンの物音で篠田も起きてきたので、剣志の様子を見に行ってもらう。 「剣志の熱36.9度に下がってた。お粥食べたいって」 「ほんと?よかった」 お粥を器によそっていたら、剣志がぼさぼさの頭でのっそり起きてきた。 「おはよう!熱下がって良かったね」 「うん…ありがとう。兄貴もすまん」 今度はお粥を1杯分食べられた。 「食欲もあるし、もう安心かな。今日は日曜だから明日ちゃんと病院行けよ」 作り置きの説明を一通りして、俺たちは帰ることにした。 篠田がトイレに行ってる間に剣志が俺にどこか言いにくそうに話しかけてくる。 「あのさ…昨日…母親の夢見たんだ。ずっと付き添ってくれる夢」 お?あの時夢見てたんだな。 「もしかして手を握っててくれたの一樹さん?」 「あー、うん」 「まじ恥ずかしい…でもありがとう。なんかすげえ懐かしかった。昔熱出した時母さんが看病してくれたの思い出したよ」 俺はくすっと笑った。 「なんか可愛かったよ剣志」 「くそ、これで借りができたな」 「ま、彼女と別れた可哀想な弟には優しくしないとね?」 ニヤッと笑ってやったら剣志は思い切り顔を顰めた。 「ったくいちいち一言多いんだよ…感謝してんのに」 「あはは!元気出しなよ。お前くらいイケメンだったら女なんて選び放題だろ」 「そうでもないって。この前の見たろ?俺や兄貴の見た目に釣られるやつなんてろくでもないのがほとんどだよ」 ふーんなるほど。一理あるな。 「ま、しょげるなよ。何かあったらまたお兄様たちが面倒見に来てやるって」 俺は剣志の背中を叩いた。 * * * * * 「やーなんか2人で剣志の看病してたら、子供いる夫婦の気分だったね先輩」 「確かに。熱出たら剣志すげー弱々しくて可愛かった♡」 「いつもならすぐ喧嘩だもんな先輩と剣志」 篠田は笑ってる。 お母さんに剣志の熱が下がったと連絡したら喜んでいた。 「男ってなんだかんだで皆マザコンだよなぁ」 俺が呟くと篠田がえ?なに?という顔をしてる。 俺もしばらく実家に帰ってないな。母さん元気にしてるかなぁ。 篠田のこと話したらなんて言うかな? 「今度俺も母さんの顔見に帰ろっかな」 「お?珍しいね」 「……篠田も来ない?」 「え?」 篠田はすごく驚いた顔をした。 「あ、嫌なら全然…」 「嫌じゃない!行く!行く行く!」 篠田はどうしよう!息子さんを僕に下さいとか言うのかな!うわ~…とか言いながら部屋をうろうろしている。 これまで考えてもみなかったけど、旅行がてら篠田連れて帰るのもありだよな。 別にただ友達として紹介したっていいんだし。 うん、なんとかなるだろ!

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