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幽霊棟の消失(5)
まだ入学したてのころ、新校舎を囲んだソメイヨシノが鮮やかだった。
その桃色がビビット調だからこそ、少し離れた位置にある建物の陰鬱さは余計に目立った。
「あ! あれ幽霊棟じゃん」
入学ガイダンスを終えてあいた時間に、北といっしょに学内をぶらついていた。新入生の波に乗り、芝生やレンガの広がる敷地をぼんやりと進んだ。
北がまっすぐ指さす方向には、一見すると廃墟のような、かなり古い校舎がうつむいていた。
「うちって校舎が三つあるだろ? そこがメイン校舎で、あっちに見えるガラス張りの綺麗なのが、一番最近に出来た新校舎」
北はいちいちバスガイドのように、指さしで説明した。
メイン棟と新校舎は、ふたつの校舎をつなぐように、ちょうど3階の部分に、連絡通路が橋渡しになっていた。
けれど、メイン棟と紹介された校舎には、もうひとつ新校舎とは真逆の方向に渡り廊下が伸びていた。俺たちから見ると、そのシルエットは、まるで両手を広げているようだ。もう片方の手は、北が言う幽霊棟につながっている。
「いちばん古い校舎らしくてさ、もう最近のパンフレットにすら載ってないんだ。創立当初はあの一棟だけだったらしいぜ」
それからメイン棟ができて、渡り廊下でふたつの建物をつないだ。次に新校舎ができて……と数珠繋ぎに建築が連なったらしい。3つの大きな建物は一直線に並んでいた。しかし、新校舎と旧校舎はつながっていない。
「お前やけに詳しいな。どこでその情報聞いたんだ?」
「俺のいとこが南峠の卒業生なんだよ」
「ふーん……で、幽霊棟って?」
北はまっすぐ伸ばしていた腕を折りたたんだ。おほん、ともったいぶって咳ばらいをする。
「まあ、ありがちな話なんだけどさ、何十年も前。まだ旧校舎しかなかったころな。当時在学してた女生徒のひとりが、トイレの個室から死体で見つかったらしいんだ。どうもカッターで自分の首を切って死んだみたいで、個室は真っ赤な血の海だった……」
「マジかよ。本当にありがちだな」
「そんな呆れた顔するなよ! 言っておくが、南峠生になるんだったら、幽霊棟の話は心得ておかねーとなんないんだぞ!」
その日入学したての生徒に言われても、まったく説得力はない。
「で、だ。どうもそれって、講師もひっくるめたゼミ内でのいじめが原因だったらしくてさ。学校側が、バレたら責任問題! これじゃまずい! と思って、生徒の死体ごと、そのトイレを埋め立てちまったんだ」
……自殺が公になるよりも、死体隠蔽の方がよっぽど重罪だし、まずいのでは?
「それで、校舎にそのときの霊が出るってことか?」
冷静な感想はさておき、俺は先を促した。
「まあまあ、そう急かしなさんな。その後も普通に旧校舎は使われてたらしいんだけど、しばらくして、件の埋められた壁から、変な声が聞こえるって、生徒のあいだでうわさになったんだ」
「声?」
「その声はうめき声みたいにくぐもってて、ハッキリしないんだけど。それでも何人かは、それがなんて言ってるかを聞き取れたんだ。壁から聞こえる声は、「かえせ……」っ恨みがましくて囁いていたんだ」
「かえせ、つったって、なにを?」
「そりゃ、自殺した生徒の身体を、だろ? 埋葬もされずに、暗い壁のなかに閉じ込められたわたしの肉体を、きちんと家族のもとにかえしてほしい〜って!」
怖いのはこれから! と北は両手をパチンと合わせた。
「不思議なことに、ハッキリと「かえせ」って聞き取れた生徒がな、旧校舎に入ったきりいなくなっちまったんだ」
「ふーん祟り殺された、と」
「さあ、殺されたのかは知らねーけど。でも何人も旧校舎で行方不明になった生徒が出た。そしてきまってそいつらは、壁から聞こえる声が言っていたことを、ちゃんと認識した奴だった。この一連の出来事がきっかけで、慌てて学校側も新しい校舎を建てたんだ」
「それが、メイン棟って呼ばれてるところ?」
「そう! で、旧校舎はいよいよ使われなくなっていった。でもいまでも、同じ場所から声が聞こえてくるらしいぜ。もしかしたら気づいてないだけで、声を聞き取って連れてかれた生徒が、いまの代だっているかもな――」
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