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夕立

ざぁーと一気に雨が降りはじめた。 さっきまで泣いていた奏音の涙がお天道様に移ったみたいだ。 その奏音は、幸せそうにめんこい面構えで俺の膝の上ですやすやと眠っている。 「根岸、一杯だけ呑むか?」 伊澤が嬉しそうににこにこ笑いながら缶ビールとコップを片手に現れた。でもすぐに奏音に気付いて、眉間に皺を寄せた。 伊澤はめまさり(姉さん女房の意味)だ。 2歳年下の俺の面倒を甲斐甲斐しくみてくれる。 焼きもち妬きがたまに傷だが。 でも、それがまためんこいんだ。 俺の自慢の女房だ。 「そうやってすぐぶすっとすんだから。めんごくねぇぞ」 「悪かったな焼きもち妬きで」 伊澤が隣に腰を下ろしてきた。 「ここんところ、夕方になると決まって雨だな」 「日中ムシ暑いだ。しょうがねぇよ」 福島県K市は阿武隈高地と奥羽山脈に囲まれた盆地に位置している。だから夏は暑くて冬は寒い。 「まさかこの年で所帯を持つとは思わなかったな」 伊澤がコップに注いだビールを見つめ呟いた。 「30年ずっと好きだった男が夫として隣にいるんだぞ。いまだに信じられない。カミさんじゃなく、俺だけを見てくれている。夢じゃないか、何度思ったことか」 「夢じゃねぇよ」 伊澤の肩をそっと抱き寄せると、頬っぺたを真っ赤にした。

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