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前編

「はっ・・・ん、ぅん・・・あぁっ」 二人分の荒い息と、俺の体から響くぐちぐちという水っぽい音が部屋中に広がる。 秋も終わりに近づいたというのに暖房も付けないでいる部屋のひんやりとした空気が、熱をはらんだ身体には心地良い。 「・・・っ、しょ、う、ま・・・も、そこダメ・・・あっ、だ、めだって」 「はぁっ・・・ひ、かる!」 「あ、ん・・・っ、もう、・・・やっ、イくっ」 背後から俺の腰骨を摑む力が強くなったのを感じて、そのままそこで意識を落とした。 少しの間転寝(うたたね)をしていたらしい俺は、コーヒーの良い香りで目が覚める。 「コーヒー淹れたよ」 「ありがと、聖真(しょうま)」 聖真とは付き合い始めてもうすぐ4年。ずっと片思いをしてた同級生の聖真に高校の卒業式に告白をして、思いがけずOKを貰えた時は人生で一番嬉しかった。 デートもキスも、セックスも済ませたけど、聖真と居るだけで人生で“一番嬉しい”が更新され続けてる。 今だって俺の部屋なのに、当たり前のように聖真がコーヒーもマグカップの位置も知ってることが嬉しい。 「何、人の顔みてニヤニヤして」 「なんでもなーい」 部屋着に袖を通しながらもニヤニヤが治まらない俺を見て、聖真にも笑みが浮かぶ。 「もうあと数カ月で卒業かー、大学生活も早かったなぁ」 「(ひかる)は就活大変そうだったもんな。決まって良かった」 「聖真は家を継ぐからって就活しなかったもんな。正直ちょっとずるいって思ってた」 聖真の家はこの辺では一番大きな神社で、見晴らしのいい小高い丘の途中にある。 鳥居まで続く長い石段が俺のお気に入りで、今はおじさんとおばさんと、聖真より5つ年上のお兄さんの3人が働いている。 働きだしたらお互いの休みが合うのかどうかも分からないし、いつか、二人で一緒に部屋を借りて住めたらいいなぁなんて最近は考えていて。 ただ一つだけ、どうしても気にかかることがある。 「な、聖真、今年はクリスマスイブ――」 俺がそう切り出すと、それまで笑顔を浮かべていた聖真の顔にさっと翳が差す。 「あのさ、それなんだけど・・・、イブは外せない用事があって」 言いづらそうに口を開いた聖真から俺の耳に届いたのは、過去に2回も聞いたことのある同じ台詞。 「・・・っなんでだよ!去年も、その前も・・・。だから今年は一緒にいたいって前から言ってたじゃん!」 「ごめん、光」 そう言ったきり、聖真は下を向いたまま黙ってしまった。 俺は聖真と付き合いだしてから、イブを一緒に過ごせたことがない。 最初の年は、聖真の家は神社だしクリスマスは祝う習慣が無いのかなって自分を納得させた。 去年は、聖真は優しいから俺に付き合ってくれてるだけで、実は彼女でも出来たんじゃないかって、ちょっとだけ疑った。 けど、クリスマスを過ぎても聖真はいつも通り優しくて、埋め合わせに俺の1月の誕生日にはこれ以上ないくらい甘やかしてくれたから、本当に用事だったんなら仕方ないなって思うようにした。 だから今年こそはって、何ヶ月も前からお願いしてきた。 聖真はいつも困ったように笑うだけで、首を縦に振ることは一度も無かったけど―― 考えないようにしていた不安がむくりと鎌首をもたげる。 ――本当はクリスマスイブに会う人がいるんじゃないの。 これを言ったらもう一緒に居てもらえなくなる気がして、喉まで出かかった言葉を必死で飲み込む。 「用事って、何」 「・・・」 聖真は下を向いたまま、こっちを見ない。 「聖真」 この不安を消してほしいだけなのに。 胸がどうしようもなくざわざわして、つい声が大きくなる。 「家の手伝いで、家族全員の手が必要なんだ」 聖真が俯いたまま絞るように放った言葉に、こめかみがキリキリと痛んで目の前が暗くなる。 「イブに神社が忙しい訳ないじゃん・・・、誰がそんなとこイブの晩に行くんだよ。なんでそんな嘘までついて――」 「本当なんだ、光。嘘なんかじゃ」 俺の身体は単純で、俺の肩を捉えた聖真の手のせいでさっき掴まれていた腰骨が疼く。 「帰って」 「光!」 「帰ってってば。もういい」 まだ何か言いたげな聖真を、俺は何も言わずに扉の外へと押し出した。 玄関が閉まる瞬間に堪えていた涙が溢れる。しばらく扉の向こうに聖真の気配がしたけど、泣き声を聞かれたなくてベッドに戻って布団をかぶる。 寝具にまだ残る聖真の匂いが、余計に涙腺を緩くさせた。 それから3週間、大学は試験期間でやることが山ほどあったし、その後に冬休みに入ってからはコンビニと居酒屋のバイトを空いてるスケジュール全部につっこんだから、嫌なことを考える暇もなかった。 聖真とは、あの日から会ってない。 俺が電話に出ないから、毎日メッセージが届く。 会いたいと書かれたふきだしをいくら眺めても、どう返事したらいいか頭に浮かばない。 ずっと返せずにいたら、とうとう昨日は着信音が一度も鳴らなかった。

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