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後編

コンビニも居酒屋のバイトも入れない予定だったイブはあっという間にやってきた。 こんな日に一人で家に居るなんてまっぴらだったし、今日は出来る限り長い時間いられるように勤務希望を出した。 朝からのコンビニバイトを夕方で終え、今は居酒屋の厨房にいる。 17時のオープンからもうすぐ3時間。さすがにイブに居酒屋に来る人はまばらで、会社帰りのサラリーマンたちも食事を終えてさっさと帰っていく。 せめてもう少し忙しかったら、鳴らない携帯が入ったポケットを気にしないで済むのに。 愛想つかされちゃったかな・・・。 明日の仕込みももうとっくに終わりため息をつきながら用事を探していたら、店長に声をかけられた。 「光くん、折角来てくれたのに申し訳ないんだけど20時で上がれないかな。あとはフロアの子一人残して、俺が厨房に入るから」 「え、けど」 フロアを見るとバイトの女の子が期待交じりの目でこちらを見ている。 確かあの子、店長のこと好きだって前に言ってたような・・・。 そうだよね、イブだし、好きな人と一緒にいたいよね。 やり場の無い気持ちを抑え、制服から着替えて店を出ると雪がちらついていた。 「さむ・・・」 通りを行きかう家族連れもカップルもみんな幸せそうで、寒さに余計拍車をかける。 イブに会えなくても我慢してれば、今みたいにはなってなかったかな。 後悔に苛まれながらも、脳裏に浮かぶのは聖真の顔ばっかりで。 足の向くまま歩いて、気づけば神社の石段の下まで辿り着いていた。木々に光を遮られて、足元が暗い中を一段一段のぼっていく。息が上がりそうになるころようやく鳥居をくぐる。 神社は静まり返っていて、人けがない。 社務所にも誰もいないし、自宅のほうに周ってみても明かり一つ点いていない。 もしかしたら家の用事が嘘じゃなくて、皆でどこか別の場所に行ってるのかもしれない。 やっぱり聖真のこと信じれば良かった。 ちくちくと疼く胸を押さえて立ち尽くしていたその時、自宅の裏手で玉砂利が鳴る音が聞こえたような気がした。 誰かいる? そう思って裏手に回りこんだ時、不思議な光景が目に飛び込んできた。 「聖真・・・」 「光!?」 そこに居たのは聖真だったけれど。 バスタブサイズの木箱の縁に聖真が足を掛けている。 問題は木箱に繋がれた大きめの鹿みたいな動物と、それらが宙に浮いているということ。 「へ、なに、夢?」 混乱した頭で聖真を見るけど、聖真もあせった顔を浮かべている。 「・・・仕方ない。とりあえず、乗ってくれる?」 訳が分からなくて言われるがまま、聖真の後ろに積んであった大きな白い袋を少しずらして腰を下ろす。 「落ちないように気をつけて」 聖真が手にしていた綱をしならせると、俺らの乗った箱がそのままどんどん高さを上げていく。居酒屋を出た時はあんなに寒かったのに、今は不思議と寒さは感じない。 あっという間に眼下に見える景色が小さくなっていくことに、ぽかんと開いた口を塞げないでいると、前に座っていた聖真がこちらをちらりと振り返った。 「・・・大丈夫?」 「え、えーと、た、高いところは大丈夫なほうだと、思う」 久しぶりに聖真の顔を見たっていうのに、なんだか頭が真っ白だ。 「そうじゃなくて、あの・・・驚かせてごめん」 「あっ、そうだ!これ、これ何!?飛んでるの?」 少しだけ我に返って矢継ぎ早に口にすると、聖真は視線を前へ戻す。 「家業なんだ、サンタクロース。で、あれはトナカイ」 「サンタクロースゥ!?」 ってことは俺らが乗ってるこれはソリか。 「これが本業で、神社が副業っていうか・・・」 「神社が副業・・・」 「時間がなくて一緒に乗せちゃったけど、本当はこのことは家族以外に知られたらいけないんだ。母親もうちに嫁ぐって決めてから知らされたくらい」 「知っちゃったら、どうなるの」 「記憶を消さなきゃならない」 「今日見たことを?」 「そのはずなんだけど、俺も良く知らないんだ。万が一、光が俺のことも忘れてしまったらって思うと怖くて隠すしかなかった。だから、今日一緒に過ごせないことをちゃんと説明できなくて光のこと傷つけたよね。ごめん」 「お、俺も、ごめん。嘘じゃなかったのに、俺ひとりで変なこと考えて・・・本当にごめん」 聖真がトナカイに繋がる手綱を緩めると、ぐんとスピードを上げて走り出した。 まだ頭は混乱したままだけど、少なくとも俺が不安に思ってたことが誤解だって分かった。 聖真にくっつきたくて後ろからぎゅうと手を回す。寒くはないけど聖真の体温が嬉しい。 「あのさ、クリスマスのプレゼントって親が買ってるんじゃないの?聖真は何をするの?」 ふと気になってそう聞くと、聖真が眼下を確認してから、このあたりかな、とつぶやく。 「光、その白い袋の口、開けてくれる?」 「これ?」 視線の先の白い袋に巻かれている紐をしゅるりと解く。 すると袋の口から蛍のような小さな光が溢れ出した。 「うわ・・・」 光は次々にふわりふわりと足元に広がる街へと降っていく。 「俺たちが配ってるのはそれだよ」 呆けた俺の顔をじっと見ていた聖真に気づいて、思わず顔が熱くなる。 「綺麗。だけど、何これ?」 「願いが込めてあるんだ。ひとりひとりに、1年間幸せに過ごせますようにって。お正月に皆が神社でお参りしながら願うようなことを込めてある」 「願い・・・」 この袋の中に入っていたとは到底考えられない量の光の粒が、まるで雪のようにこぼれ落ちていく。 「とりあえず俺の担当の地域に配り終えるまで、悪いけど付き合ってくれるかな」 「うん、うん、一緒にいる」 どういう状況であれ、イブを聖真と一緒に過ごせていることが嬉しかった。 流星群のように降り注ぐ光の粒を眺めていたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。 遠く向こうの地平線から顔を出した太陽の光がまぶしくて目が覚めた。 「光、起きた?おはよう」 身じろぎした俺に気づいた聖真が声をかけてくる。 「ごめ・・・寝ちゃってた」 「いいよ。さっき配り終わって、もうすぐ神社に着くから」 ソリから下を覗きこむと、見慣れた街並みが朝日に染まっている。あっという間に神社が近づいて、出発した自宅の裏手にゆっくりとソリが降りていく。 完全に地面に着いてから、聖真が身体ごとくるりとこちらに向きを変えた。 「これは、光の分」 聖真が手のひらを上にして俺の目の前に差しだすと、何も無かったところから光の粒が浮き上がって俺の胸の真ん中に吸い込まれた。 光の粒が消えると、急に肌に寒さが戻ってくる。 朝の冷たい空気が頬に触れたことで完全に目が覚めて、聖真の言葉を思い出した。 ――家族以外に知られたら、記憶を消さなきゃならない。 「俺、聖真のこと忘れたりなんかしない。もし忘れても、絶対また好きになる」 聖真とずっと一緒にいたいから。 俺の記憶を消さなきゃいけないからか、聖真はひどく緊張した面持ちを見せる。 少しの沈黙の後、ゆっくりと聖真が口を開いた。 「前から考えてはいたんだ。光が俺を好きでいてくれるのは分かってたけど、これを言うにはずっと自身がなくて。けどこの数週間、光と連絡が取れなくてようやく決意できた。光を失いたくない」 そこまで言うと聖真はポケットから何かを取り出して、俺の手に握らせる。 渡されたそれは手のひらに収まる大きさのベロアの小箱。かじかんだ指先で開いたその中には、朝日を反射して輝く銀のリングが納められていた。 「これ・・・」 「家族に、なってもらえないかな」 はじかれたように顔をあげると、聖真がいつもの柔らかい笑みを浮かべるから、また今日も“一番嬉しい”が更新されるんだ。

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