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第1話 糾弾 1

「なぜ、お前がここにいる」  その言葉をすぐに口にすることは出来なかった。  体が冷え切って、歯の根が合わない。  王宮の誰よりも清廉で美しいと言われた男は、父王の従兄弟(いとこ)で宮中伯の一人だ。  まだ年端も行かぬ幼子の頃に出会い、いつも優しく微笑んでくれた。  交わす言葉は少なくても、互いの心には信頼と言う名の心が通っている。  ずっとずっと、そう信じてきたのに。 『どんな哀しみの時も、あなたの側にいる』  兄を亡くして絶望の淵にいた時の言葉が蘇る。あれは全てまやかしだったのか。  快い言葉を平気で舌に乗せながら、他ならぬお前自身が。  ⋯⋯私から全てを奪って、この最果ての地へと追いやった。  ◇◇◇  今から一月前のこと。  大広間に集められた諸侯の前で、宰相が一枚の書状を読み上げた。 「王太子、アルベルト・グナイゼン殿下。本日をもって、その地位を廃し、レーフェルト宮殿に御移りいただきます」  耳にした言葉が信じられなかった。  呆然としているうちに、次々に罪科が読み上げられる。 「⋯⋯一、王太子でありながら、政治・軍事への関心を示さず、国教以外の宗教に傾倒したこと。一、婚約者を軽視し、身分を軽んじて平民を近くに置いたこと⋯⋯」 「何を言う! いつ私がそんなことを!!」  思わず椅子から立ち上がる。 「殿下、この一年、月初めの会議に一度としてお見えにならず、軍事訓練にもお出ましになりませんでした。どうして関心があると申せましょう?」 「正教会よりも、平民どもの間に流行っている宗教に、自ら進んで教えを乞うておられるとか」 「御婚約者のノーエ侯爵令嬢のお心を踏みにじり、平民の娘を宮中に置かれ、お立場を軽んじたと聞き及んでおります」  宮中伯たちの口から次々に非難の言葉が上がる。  どれもこれも、全くの言いがかりに過ぎない。  帝王教育が始まったばかりなのだから、諸侯の会議に立ち会うのは早いと言われた。軍事訓練のように荒々しいものは、お体に障る。時を見てご覧になればよいとも言われてきた。  少しでも顔を見せた方が良いのではと聞けば、これから時間はいくらでもある。焦ることはないと諭される。  ⋯⋯そうだ、不安だった時はいつでも相談してきたのだ。二人の宮中伯に。最も信頼を寄せた男は、真正面の位置に悠然と座っていた。  正教会には何度も赴いて祈りを捧げ、大司教たちとも対話してきた。市井の様子を見るために、こっそりと平民たちの暮らしを見に行ったことはある。だが、馬車から通りを眺めただけで、直接言葉を交わしもしなかった。  そして、婚約者。⋯⋯シャルロッテ。 「どんなにお忙しくても、様々な贈り物をご用意くださるお心遣い、ありがたく存じます。でも、どうぞご無理をなさらないで。またお茶をご一緒できれば嬉しいのですが⋯⋯」  金の髪を揺らし、頬を染めて微笑む少女の姿が目に浮かぶ。  彼女に会う暇すらろくになかったと言うのに、他の誰を側に置いたと言うのか。  どんなに言葉を尽くそうと、何の意味もない。  唐突にそれがわかったのは、一枚の書状が目の前に突き付けられた瞬間だった。  王太子アルベルト・グナイゼン廃嫡の請願書。  文言の下には10人の宮中伯の名が連ねられ、一番上に筆頭としてヴァンテルの名がある。  宮中伯は全部で12人だ。例え残る二人が力を尽くしても、決定は翻らない。 「殿下。御身の今後の生活は今までと変わりないことをお約束致します。速やかに離宮に移るご準備を」  ヴァンテルが立ち上がり、真直ぐに私を見た。  私はお前に何をしたのだろう。  間違いだと思いたい。  なぜこんなことになったのかと問いたかった。  頭の中ではたくさんの言葉が響いていたのに。  何も語ることができぬまま、近衛たちが両腕を掴んだ。

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