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第2話 糾弾 2

   国の最北にある離宮は、見渡す限り雪と氷に囲まれている。  レーフェルト凍宮。  北国から嫁いだ妃の為に、時の国王が建てたものだ。温暖な王都には雪がないと寂しがった寵姫の慰めにと、国王は莫大な金と人をつぎ込んだと聞く。  豪勢な造りの離宮は贅を極め、内部の装飾の一つ一つにまで手がかかっている。  周りは雪と氷でも、一歩宮殿内に入れば、快適で温かな空間が設えられている。それでも、王侯や貴族たちは、この地に来るのを拒む。  僅かな春と夏の他は常に寒さと戦わなければならない。周囲は享楽とは無縁の地だ。遥か南、常春の楽園と謳われた王都を捨てて、誰が最果ての地を望むというのだろう。 「本当に付いてきたいと思ってくれる者だけでいい。もう二度と、王都に戻ることは叶わないのだから」  長年仕えてくれた者たちに告げれば、それぞれが頭を垂れ、次々に泣き崩れた。 「遠慮することはない。父母や妻子がいる者は王都に残れ。己が年老いた者もだ」  幼い時から側にいた乳母も家令も、彼の地の寒さに耐えられるとは思えなかった。 「口惜しゅうございます。尊い御身がなぜ、このようなことに⋯⋯」  すすり泣く乳母の口から、怨嗟の声が漏れる。  なぜ?  そうだ、一体何がいけなかったのだろう。  ロサーナ王国の第二王子として生を受けた。  兄である王太子は穏やかで賢く、公平な視点を持っていた。歯車が狂ったのは、その兄が落馬して命を喪った時からだろうか。瞬く間に周囲が変わり、東の宮殿に住まいが移された。王宮の片隅で静かな生活を送っていたのに、世継ぎの君よと細い首に重い冠が被せられる。  生活は一変し、たくさんの教師がつけられた。朝から晩まで帝王教育が施され、貴族の中からは将来の王妃に相応しい姫君が伴侶にと選ばれる。  私の意思などどこにもなく、聞いてくれる者もいない。  だが、それでもよかった。  求められるならと、必死で努力した。忙しければ忙しいほど、兄を喪った悲しみを考えずにすむ。僅かな睡眠すら長椅子で仮眠をとりながら、日々の学びに明け暮れた。  勉強の合間には、婚約者への文や贈り物も欠かさなかった。家臣たちの勧めではあったが、政略の相手であっても誠意を尽くしたい。いつか心を通わせることが出来たらいいと、淡い望みを抱いていた。  彼女の口からも証言がなされたと聞く。  私の何が彼女を偽証に走らせたのか。いつの間に嫌われていたのだろうか。  問うことも答えを聞くことも出来ず、王宮を旅立つ日がやってきた。  病に伏した父王との面会さえ、最後まで叶わなかった。

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