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第7話 困惑 3

   寝込んだ日から三日が過ぎた。  寝台から体を起こすのも、ようやくだった。部屋の暖炉の上の鏡に映る自分の姿にぞっとする。頬はこけ、肌の色は青白く、これではまるで幽鬼のようだ。  銀に近い金の髪は元々色が薄かったが、ますます色を失くしている。このまま命を失くしても、誰も驚きはしないだろう。  窓掛けの隙間から白い光が漏れている。一歩一歩ゆっくりと歩いて窓の近くまで行き、重い布を掴んで外を見る。  陽は高く昇り、眩しい一面の白。どこか青みを帯びた雪は美しく、陽光を受けてきらきらと輝いている。あの中に入れば、自分まで美しくなれるのではないかと思う。  窓枠に手を掛けた時だった。 「起き上がれるようになったのはよろしいですが、外には出られません」 「ヴァンテル」  低く深みのある声がした。輝くように美しい男は、流れるような動作で私の腕を取る。 「ずっと眠っていらしたのに、急に動かれてはまた元に戻ります」  あっと言う間に抱きかかえられて、寝台に運ばれる。これでは、先日と同じだ。 「お前、いつ部屋に入ってきた? 幼子でも姫君でもないのに、何の戯れだ!」  腕の中で暴れても、罵っても、相手には何の効果もない。つまらないものを見るかのように、冷たい青い瞳が向けられる。 「年頃の姫君、いや幼子の方が貴方よりよほど抱き心地がいい。もっとしっかり、体に肉を付けなければ」  言われた言葉に、頬が瞬時に熱をもつ。悔しさが胸に湧いたが、真実だと思えば言い返すことも出来ない。  腕も足も肉が失われ、病人そのものだ。寝台に壊れ物のように横たえられた。情けないが、寝転がったままで声をかけた。 「何用だ、ヴァンテル」 「主君のご機嫌伺いに臣下が参りますのに、何の理由がいりましょう?」 「⋯⋯主君?」  思わず、自分の口から嘲笑(あざわら)うような声が出た。 「お前たちが次に王と仰ぐ者は、もはや私ではないだろう」 「この国の王が誰となるかは別の話です。私が主君と仰ぐ方のことを話しております」  話しているうちに、押し殺していた怒りが、ふつふつと湧き上がってくる。どうしてこんな辱めを受けなくてはならないのだろう。  お前では力不足だと諸侯の前で言い放った男が、同じ口で主君だと言ってくる。こんな茶番に付き合えと言うのだろうか。心の中で、見ないようにしていた何がが痛みだす。 「⋯⋯私は、お前に何をした?」 「アルベルト殿下?」 「お前がわざわざやってきて、こうして私に辛辣な言葉を投げるのは⋯⋯。きっと、理由があるのだろう。小宮殿に閉じこもって、ろくに人と付き合うこともしてこなかった。自分では必死だったが、お前たちの意に染まぬことも多かったのだろうな」  宮中伯たちは、誰も私の言葉に耳を傾けなかった。彼らを(ないがし)ろにしたつもりはないが、懇意にもしてこなかった。自分のことだけで精一杯だったのだ。対話を重ねていればもっと違う道があったのか、考えても答えは出ない。 「殿下は、私達が御方でした」 「どういうことだ?」 「貴方は、賢く公平で、愛情深い。努力することを惜しまず、人に誠意を貫こうとする」 「それは、私のことか? 兄ではなく?」  美しい顔が歪み、ぞっとするような微笑を(たた)えた。 「あの方は、貴方が思っているような御方ではない。あなたは何もご存知ない」  兄を侮辱された怒りよりも、最後の言葉に血の気が引く。そうだ、私は何も知らなかった。そうして、全てを失くしたのだ。 「出て行け!」  声の限りに叫べば、僅かにヴァンテルの眉が(ひそ)められる。二人の間の空気は、重く凍り付いていた。  この地に来た理由を思い出せ。  自分は小宮殿で過ごした日々のように、静養でここにいるわけではないのだ。美しい男が表情を消したまま、非礼を詫びる。彼が部屋を出て行く代わりに、侍従が呼ばれた。

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