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第6話 困惑 2

   いつのまにか、熱が出ていたのだろう。  体が熱い。骨のあちこちが軋む。⋯⋯久しぶりだ。  瞼が重くて閉じたままでいると、途切れ途切れに話し声が聞こえてくる。厚い窓掛けに覆われた部屋は薄暗く、もとより自分の瞼も思うように開きはしない。  部屋の中で話す者たちが誰かも、はっきりわかってはいなかった。  誰だろう。侍医か⋯⋯兄様?  にいさま、と呼んで腕を伸ばせば。すぐに気づいて、手を握り返してくれた。ひんやりとした大きな手。  ああ、兄様だ。ここにいる。握った手を熱く火照(ほて)った頬に当てると、そっと優しく撫でてくれた。  ねえ、兄様。あれはやっぱり嘘だったんだね。兄様は乗馬の名手だった。愛馬のブラオンだって、国で一番と呼ばれた馬だったのに、あんなひどい最期を迎えるわけがない。ずっと、ここに来てくれるのを待っていたんだよ。もう一度ブラオンに乗せてくれるって言った。風と一緒に、どこまでもお前の好きな所に駆けてやるって⋯⋯。  そうだ、兄様がいたら、あんな重いものを無理に被らなくていい。あれは兄様のもの。元々、自分が受け取るはずもないもの。  回らぬ舌を夢中で動かした。どこまで言葉を口に出来たかわからない。  頬を撫でられ、額に口づけられた。優しいその仕草が嬉しくて、安堵の涙を流した。  とろとろと眠っては目覚め、与えられるままに、細い吸い呑みから少しずつ水を飲む。びっしょりと汗をかいて朦朧としていると、誰かが服を乾いたものに着せ替えてくれた。  汗でべたつく肌を、濡らした布で清めてもらい、小さく息を吐く。時折、口の中に懐かしい蜜が入れられた。唇が震えて上手く飲み込めないでいたら、匙でほんの少しずつ舌の上に乗せてくれた。しかし、それすらも上手く飲み込めずに、口の端からこぼれていく。 「ご⋯⋯めん⋯⋯なさ⋯⋯」  貴重なものだと聞いた。『王太子様はいつもお持ちになるけれど、あの一瓶でどれほどの⋯⋯』そう漏らした側仕えの言葉に驚き、兄に問う。お前が気にすることはないと笑われた。  再び謝罪を口にすれば、柔らかなものが唇を塞ぐ。水と蜜とが混じり合って口中を満たす。喉を甘みが通り過ぎ、ゆっくりと体に沁みていく。小さく息をつけば、再び唇を()みながら、甘露が少しずつ与えられた。  ──すぐに楽になる。  優しい言葉が囁かれた気がして、安心した途端に眠気が押し寄せる。今度こそ本当に、ぐっすりと眠ることができた。

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