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第5話 困惑 1

 目覚めた時には、夜明けの寒さがひっそりと部屋の中に入り込んできていた。  漆黒の闇が少しずつ群青に変わり、仄白い明るさを運んでくる。  王都での習慣のままに、明け方には目が覚めた。昔から侍従が(たらい)に湯を運ぶ前に、ひとり目覚めて身支度を整えるのが常だった。  闇は夢を連れてきて、幾度も浅い眠りを繰り返す。とてもゆっくり休めたとは言えなかった。泣きながら眠ったせいか、瞼が重く、ぼんやりと腫れている。  体が重くて一人で着替えることもできず、寝台でうとうとと微睡(まどろ)んでいた。 「お目覚めでいらっしゃいましたか。⋯⋯お顔の色がよくありませんね」  湯を運んできた侍従が、私を見て気づかわし気に眉を寄せた。着替えを手伝うよりも先に、失礼を、と述べて手首にそっと触れる。 「医師をお呼びしましょう」  この侍従は、何か医術の心得があっただろうか?と覚めぬ頭で考えた。王族の側近くで仕えるのだ。心得があっても、別段不思議ではない。侍従は、今日は一日、主が寝台の中にいると判断したようだ。  部屋着を用意し、空気を入れ替え、医師の手配をする。てきぱきと仕事をこなす姿を、不思議な気持ちで眺めた。  古くから仕えていた者ではない。王宮の侍従たちは貴族の家柄に連なる者ばかりで、それぞれに親や兄弟が王都にいた。何人もいた侍従の中で彼だけが、自分には誰も係累がいないので、とレーフェルト凍宮行きを希望した。  寒気と怠さが増していき、体を起こしていることは無理だった。広々とした寝台に寝かしつけられ、肌触りがよく温かい上掛けでくるまれる。部屋の温度が調節され、口許に吸い飲みが運ばれた。手際のよい侍従が、少しずつ水を与えてくれる。  心地よい眠りに誘われたなら良かったが、ますます喉が痛み、体中が熱い。これ以上熱が上がれば、骨が(きし)むように痛むだろう。  幼い頃から、よくあることだった。 「第二王子は、ものの役に立たぬ」  王妃の子であったので、王位の継承順位だけは高かった。それでも生まれた時から病がちな王子など、何の役に立つだろう。兄である王太子の代替品にもならぬ身だ。  病弱な体の静養を理由に、王宮で最も端にある小宮が与えられた。亡き王太后が晩年を過ごした宮は、木々と花々に囲まれている。そこで、書を読み、楽を嗜み、庭を歩いた。熱が出ない時だけは、少しの遠出も許される。  静かな宮に訪れる者は限られていた。僅かな教師と母と兄。そして、あとは一人だけ。  母は、時折やって来ては、胸にしっかりと抱きしめてくれた。そして、小さく呟くのだ。「不憫な子」と。  細くて白い手と柔らかな頬が好きだった。たとえ、側仕えたちに急かされて僅かな時間しか共にいられなくても。 「アル、これをお飲み。すぐに楽になる」  熱が出たと聞けば、兄はすぐに来てくれた。兄の持ってきてくれた甘い蜜は、何よりも嬉しかった。湯に溶いて飲めば喉の痛みが軽減され、体の熱が取れていく。貴重な品だと思うのに、兄は常に手土産にした。  兄は周りの人が病を慮って面会を止めても、笑い飛ばして気にしなかった。 「私はロサーナの王太子。次代の太陽となる者だ。たかだか弟の病一つが、この体にどんな仇を成すと言うのだ」  兄が部屋に入ってくると、全てが明るく輝いた。彼はまさに、ロサーナを照らす太陽そのものだった。 「熱が下がったら遠乗りに連れていく。だから、早く元気におなり。アルは利口な子だ。大人しく薬を飲むんだよ」  大きな手で頭を撫でられ、頬ずりされる。嬉しくて、たくましい体に抱きついて何度も頷いた。  侍医から渡される薬は、いつまでも舌に苦みが残るようなまずいものだった。それでも兄との約束を叶えたくて無理やり飲み干し、なんとか舌を落ち着かせた。

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