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第10話 明暗 2

   ヴァンテルが姿を現さなくなった日から、毎日、離宮には小さな貢物が届く。  最初に届けられた見事な宝飾品たちは、すぐさま送り返した。何もいらないと伝えさせても、懲りずに翌日には別の品が届く。  数日そんなやりとりを繰り返した後に、業を煮やした私はヴァンテルに手紙を書いた。どうしても何か贈りたいのなら、一日の中で、お前の心を動かしたものを贈れ、と。  ただの意趣返しのつもりだった。最果ての凍宮に閉じ込めた者に、甘い餌など必要ないだろう。  翌日には何も届かなかったので、ようやく諦めたのかとほっとした時だった。  一日経って、侍従が怪訝な顔をしてやってきた。  捧げ持った銀の盆に、白いものが乗っている。それは一枚の美しい羽だった。  白い羽の先に細かい光沢があり、光に透かすと様々に色が変わる。私は窓の近くに持っていき、何度も目の上にかざした。きらきらと輝く羽は、まるで陽を浴びた朝露のように美しかった。  ほう、とため息をついた後、思わず、小さく声を上げて笑った。宮中伯の筆頭ともあろう男がこれを? 「今年来たばかりの渡り鳥が落とした羽だそうです。⋯⋯殿下?」  侍従が目を丸くしている。 「どうした?」 「⋯⋯失礼を。殿下がお笑いになったのを初めて拝見しました」 「⋯⋯そうか」  長いこと、笑ったことがなかったような気がする。以前、笑ったのはいつだった? 「これは、どこに行ったら見られるのだろうな? ヴァンテルの所領にある湖に来るのだろうか?」  渡りをする鳥たちは、決まった時期に毎年同じ場所に来ると聞く。美しい羽をもつ鳥たちが何羽も湖に飛来する姿が心に浮かぶ。  一瞬、礼を書こうかと思った自分を叱責する。侍従には「確かに頂戴した」と使いに言付けるようにとだけ伝えた。  それ以来、ヴァンテルからは、人が見たら目を()きそうな贈り物が届いた。  形にならぬ水晶の欠片(かけら)、繊細な網目のようになった樹木の葉。自分が密かにそれらを楽しみにしていたと気づいたのは、彼がフロイデンに向けて発つと聞いた時だった。  もう受け取ることはないのだと思った時に、ひんやりとした何かが心を撫でた。 「まさか、フロイデンに発った後も贈ってくるとはな」 「お屋敷の家令殿に贈るものを言い残していかれたそうです。フロイデンから贈られている時もあるようですが」  毎日ヴァンテルの屋敷から届くものの中に、時折王都の香りがするものがある。  先日は、花を練り込んだ小さな砂糖菓子だった。あれは、王都で見つけたものだったのか。  部屋の棚に並んだ、ささやかな贈り物たちを眺めるのがいつしか当たり前のようになっていた。そんなことを知る者は、自分と侍従以外に誰もいない。

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