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第11話 明暗 3

   ライエンの言葉が耳に残る。 「例え王都にお戻りになれなくても、我が領地に⋯⋯」  窓のすぐ傍に立って外を見た。絶え間なく降る雪は、全てを覆い尽くす。悲しさも悔しさも全て、根雪のように積もっていく。ここから抜け出して⋯⋯、南に?  普段人のいない離宮に、忍びでとはいえ、宮中伯が訪ねてきたのだ。料理人は腕を(ふる)った。  ライエンは舌鼓を打ち、腕を褒め称えた。料理人を自ら呼び寄せて、その労をねぎらおうとしたが、料理人は御前に出るようなものではないと固辞する。  折角だからと声を掛ければ、おずおずと姿を現す。ライエンはようやく姿を見せた料理人を見て、驚いたように言った。 「お前は⋯⋯! マルク!!」  料理人が深々と礼をした。  不思議に思って尋ねると、ライエンは彼のことをよく知っていた。  薬師の家系に生まれ、食は薬に通じると研鑽を積んだこと。弟子入りした先で腕を認められて厨房を任されるようになった。 「彼の料理を食べ続けて病が改善したと言う者が現れ、あちこちから引き合いがありましてね。私の祖母もその一人だったのです」  ライエンの祖母は、彼の作る料理を大層気に入っていた。 「祖母が亡くなった後、屋敷を去ったと聞いた。どこの貴族に召し抱えられたかと思っていたが、まさか凍宮にいたとは」  料理人は何も語らず、頭を下げ続けた。  食の細かった自分が、凍宮に来てからは食事をしっかりとるようになっていた。それも、体調に合わせて少しずつ食べやすい料理が出てきたからだ。少しも食べられないと思った時も、彼の出すスープだけは飲めた。 「ありがとう。其方のおかげで、少しずつ体が動かせるようになった。まさに食は薬だな」  私の言葉に、料理人が顔を赤く染めた。ライエンが後で褒美を取らせましょうと言って微笑んだ。  その夜は、うまく眠れなかった。一日の内で多くのことが起こりすぎた。  久々に会ったライエン。料理人のマルク。  寝返りを打てば、窓掛けの隙間から一筋の青い光が入ってくる。  寝台の隣には小卓があり、白薔薇が一輪活けられていた。闇に包まれた部屋の中で、仄かに白い輪郭が形を結ぶ。  浅い夢の合間に銀色の髪が揺れ、夢の中で、なぜと繰り返し問いかける自分が見えた。

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