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第22話 流転 4
ライエンが凍宮に滞在している間、ヴァンテルは所領の屋敷に戻っていた。
顔を合わせるのも気まずくて、ライエンと争う様子も見たくない。ほっとしているうちに三日が経ち、ライエンは騎士たちと共に王都に戻った。
『必ず返事をする』と約束すると、輝くような笑顔が返ってくる。色よい返事を待っていますよ、とおどける姿に笑顔を誘われた。
明るい陽射しの消えた凍宮は、以前よりも一層広く、ただ静けさだけが際立っていた。
「殿下、ヴァンテル様からお誘いなのですが」
翌日、侍従が声を掛けてきた。
「以前、渡り鳥の羽を贈られたことがあったかと思います。その鳥の飛来する湖を、お見せになりたいと仰っておられます」
自室の棚の上には、白い羽が飾られていた。ヴァンテルから最初に贈られたものだ。
「湖? どこにあるんだろう?」
「馬車を迎えに来させるとのお話ですが、いかがなさいますか」
棚の上の羽を一枚、手に取った。先端がきらきらと輝く姿に、湖にたくさんの鳥たちが舞い飛ぶ姿が目に浮かぶ。
⋯⋯行ってみたい。
ヴァンテルに会いたいかどうかは、もう、よくわからなかった。
先日言われた言葉は心に重く、ライエンがいなかったら、とても耐えられなかっただろう。
窓際に行き、羽をもう一度、陽にかざす。きらきらと輝く姿は美しかった。
迷った末に、行くことを決めた。
「⋯⋯行くと返事をしてくれ」
湖で美しい鳥たちを見たら、少しは気も晴れるのだろうか。天候が落ち着いているからと、二日後に湖に出かけることになった。
レーフェルト凍宮とヴァンテルの屋敷はそう離れてはいない。北の大地を預かるヴァンテル公爵家は、凍宮の近くに屋敷を持つが、本来はさらに北に主城を有している。
公爵の屋敷から馬車がやってきた時、ヴァンテルは同乗してはいなかった。
「湖は公爵家の城の近くにあるとのお話です。公爵ご自身は、先に湖でお待ちになっているそうです」
侍従の言葉に頷いたが、不思議な気がした。どんな時も、今までヴァンテルは先に顔を見せていた。
馬車に乗り込むと、瞬く間に雪道を走り出す。
窓からの景色は美しかった。雪は止み、一面に青空が広がっている。
そして、想像以上の寒さに驚いた。
凍宮の外の世界を絵画のようだ、などと思えるのは自分がその寒さの中に身を置いていないからだ。ここに来て何カ月も経つのに、私は凍宮の外に一歩も出ていなかった。
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