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第27話 寂寥 4

   ◇◇◇  王子が離宮に戻らない。  一報が届いたのは、日が傾きかけた時だった。  馬の嘶きが響き、ヴァンテルの屋敷に離宮から騎士の馬が駆けた。 「旦那様! 殿下が!!」  自室にいた公爵は、顔色を変えた。  取り次いだ家令に、直接、騎士に話をするよう命じた。 「今、何と言った? 殿下が、どこに向かわれたと?」 「閣下と共に、本城近くの湖に向かわれたと伺いました。湖に飛来する鳥をご覧になるお約束と聞き及んでおります⋯⋯」  王子の元に付けていた護衛は、硬い表情で答える。 「⋯⋯湖? 何の話だ?」  公爵家から、迎えの馬車が来たと聞かされたこと。先方で護衛を用意するので、今回は必要ないと言われたこと。 「いつもなら閣下が殿下の元にお見えになりますのに、今回はお姿を見ることもありませんでした。侍従から聞いたことを鵜呑みに致しましたこと、誠に申し訳ございません⋯⋯!」 「侍従? 王子の侍従か?」  ヴァンテルがここ数日、アルベルト王子に面会を申し込んでも、侍従からは熱が出たとずっと断られていた。  王子は熱を出すことが多かったので、日々の様子を聞きながら医師の手配を申しつけていたところだった。 「⋯⋯(はか)られたということか」  王都からついてきた侍従は、王子が信頼を置いていた者だ。もっと側にいる者を増やすと王子に言っても、一人でいいと聞き入れなかった。身の回りの世話も十分に行ってくれる、彼だけで構わないと。  凍宮にアルベルト王子を迎えると決めた時に、凍宮の者たちの出自は全て調査していた。  王子自身が選んだ者でも、侍従の身元も確認したはずだった。 「王子は侍従と共に、朝から湖に向かわれたきり、未だお戻りになっておりません」 「もうじき、日が落ちる。即刻、北領騎士団を出せ! それぞれの団長たちに、伝令を走らせよ!!」  ヴァンテルが叫ぶと、部屋の中にいた騎士たちは次々に走り出した。家令を呼び出し、王子の侍従についても再度調べ上げるように告げた。  (ひざまず)いていた騎士が立ち上がる。 「閣下。殿下は、閣下にいただいた羽をもつ鳥たちが見たいと、そう仰せになったそうです」 「羽?」  ヴァンテルの脳裏に、一枚の鳥の羽が浮かんだ。 『──もし、どうしてもと仰るなら、一日の内で貴殿の御心を動かしたものを、お贈りくださいますように』  アルベルト王子からの美しい筆跡の手紙には、ただそれだけが書かれていた。 「羽ならば、確かに贈った」  公爵家の本城近くに飛来する鳥たちは、他にはない見事な翼を持っていた。北方に住む者たちは皆、他の渡り鳥よりもさらに遅くに飛来する鳥たちを、『真冬の使者』と呼ぶ。  手紙を読んだ後、馬を駆った。  幼い頃、その鳥たちが飛来するのを楽しみにしていた。  鳥たちが次々に飛来する季節にはまだ早いが、渡りの早い年はある。群れが舞い飛ぶ姿を目にして、安堵した。湖の端で、風に乗って舞い落ちた羽を拾い上げて持ち帰った。  何を贈っても返してきた王子が、それを受け取ってくれたと知った時。静かな喜びが胸に広がった。  ヴァンテルは、奥歯を噛み締めた。  アルベルト王子の喜びを、全て奪ってきたのは自分だ。それでも。 「第一騎士団長、ホーデンをここに呼べ! 直ちに!!」  伝令が走り、騎士たちはすぐさま、王子の捜索に向かった。  幸いだったのは、天候が安定していたことだった。吹雪にならず、大きな月が頭上を照らしている。雪明りの中に、様々なものの姿がくっきりと浮かび上がった。  馬車が湖に向かったとの情報だけが頼りだった。  夜が更け、気温はどんどん下がっていく。  王子がどこにいるのか、どんな状態なのか。侍従と共にいるのかすらわからない。  騎士たちは、最悪の状況を誰もが思い浮かべ、そして即座に振り払った。 「自分たちに求められているのは、凍宮の主を無事にお連れすることだけだ」  騎士団長の言葉が、闇を切り裂くように響いた。 

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