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第32話 王配 1
どこまでも雲一つない青空が広がり、太陽が燦然と輝いていた。
見送る騎士たちが、白い雪の上に整然と並ぶ。
用意された馬車に乗り込もうとした時だった。
細い鳴き声が聞こえた。
騎士団長の後ろで跪く男の脇に、二匹の犬がいる。
黒い丸い瞳がじっと私を見ていた。
「⋯⋯ガイロ。ミーナ」
小さく呼べば、犬たちはピクリと耳を動かす。
隣に立つ男は、逡巡の表情を見せた。
私は、雪の中へ踏み出して、はっきりと犬たちの名を呼んだ。
男はもう、止めなかった。
彼が頷いた途端に、犬たちが私に向かって走り出す。
雪の中にしゃがむと、彼らは私の前でぴたりと止まった。
澄んだ空気の中に、白い息がいくつも溶けていく。
「⋯⋯ありがとう。お前たちは、とても⋯⋯とても、温かかった」
私はミーナの頭を撫で、ガイロの大きな体を抱きしめた。ふかふかとした毛並みに顔を埋めると、犬は鼻先を擦りつけてくる。
顔を上げれば、垂れた瞳が「大丈夫か?」と聞いている。彼は何も知らないのに、まるで何もかもわかっているようだった。何だか泣きたくなる気持ちを抑えて、何度も背中を撫でた。
馬車が走り出して暫くしてから、外を見た。
一面の白い雪の中に、小さな点がある。
二匹の犬はどこまでも駆けてくる。馬車の方がずっと早いのに、彼らは追ってくる。
窓から顔を出して叫んだ。
「もう、お帰り! 元気で!!」
声が聞こえたのか、犬たちは動きを止めた。彼らが視界から完全に消えるまで、ずっと姿を追っていた。長い遠吠えが、一度だけ辺りに響いた。
何も見えなくなった途端、私は大きく息をついた。
いつのまにか膝の上に、涙が幾つも落ちている。
向かい側に座っていたヴァンテルが隣に来た。柔らかな手巾が頬に触れ、そっと私の涙を拭う。
「目が腫れます⋯⋯」
子ども扱いするな、と言いそうになったが、涙は止まらない。
「知らなかったんだ」
思ったよりずっと、沈んだ声が出た。
「⋯⋯あんなに、温かいものがいるなんて」
大きくてふかふかな体で包み込んでくれた。優しい瞳が、ずっと見守ってくれた。
ぽっかりと穴が開いたようで、胸の中に風が吹いていく。
体の力を抜けば、頭にヴァンテルの肩があたった。何となく寄りかかって目を閉じる。少しだけ伝わってくる温もりが心地よかった。
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