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第33話 王配 2
凍宮に着くなり、ヴァンテルはすぐに私を自室の寝台に寝かせた。
病人扱いは止めてほしかったが、どうしようもなく怠 いのもまた事実だった。
部屋は十分に暖められ、間を置かず、医師もやってきた。二、三日は部屋から出るなとの言葉に、沈痛な気持ちになる。
自室で横になっていると、すぐに眠気がやってきた。
「殿下、お休みのところ申し訳ありません。少しだけ、お時間を頂戴致します」
部屋に招き入れられたのは、初老の男と背の高い少年だった。
厳格な雰囲気を漂わせた男は、ヴァンテルの屋敷の家令だと名乗った。傍らの少年は、伸びやかな体を固くして立っている。
「取り敢えず、新しい侍従をお連れしました。お側にお仕えすることをお許しいただければと⋯⋯」
少年は、ヴァンテルの家令の身内だと言う。
王都の屋敷に二年ほど行儀見習いに行っていたが、昨年戻ってきた。
身元は保証できるし、王都の話も出来ると言うことから選ばれたようだった。
茶色の髪に垂れた黒い目をしていた。
⋯⋯誰かに似ている。緊張しているのか、顔が赤い。
私が、軽く咳込んだ途端に、おろおろと心配そうな顔をする。
ああ、そうか。ガイロと似ているんだ。
犬と似ているなんて言ったら、彼は怒るだろうか。
「⋯⋯承知した。名は何と言う?」
立ち竦んだままの少年を、家令が小さく叱責した。
「殿下から、お言葉を賜ったのだぞ。さっさと返事をせぬか!」
「ははははいっ! レビンと申します! な、なんでもお申しつけをっ!!」
青筋をたてた家令と、寝台の脇で眉を寄せるヴァンテルが目に入る。
慌ててしゅんとする少年の様子は、体の大きな犬を思い出させる。
思わず笑うと、目が合った少年からぽろりと言葉が漏れた。
「こ、こんなに美しい方にお仕えできるなんて、光栄です!」
私が目を瞠 ると、家令は真っ青になり、ヴァンテルは眉間に深い皺 を寄せた。
──美しい?
家令はすぐさま腰を折り、少年の非礼を深く詫びた。
「⋯⋯度重なる御無礼をお許しください。このような粗忽者を御前にお出ししたお叱りは慎んでお受け致します。侍従には他の者を」
「レビン、其方は、いくつになる?」
家令の言葉を遮って、私は続けた。
「はっ! 17にございます」
「では、私と変わらぬな。この体は弱くて厄介だ。其方なら、何かあった時に、私を運ぶこともできるだろう」
少年は、目を輝かせた。
「お任せを! 殿下お一人ぐらい、何ほどのこともありません!!」
自分の腕をまくり上げた少年は、見事な筋肉の盛り上がりを見せてくれた。
「⋯⋯ならば、安心だ。よろしく頼む」
「かしこまりました!」
家令のすがるような瞳に、ヴァンテルは一言だけ告げた。
「殿下の御心のままに」
新しい侍従は、明るくよく気がつく男だった。
細身にも関わらず逞しい筋肉をもつ彼は、私には羨ましいほどだ。体を起こすのが辛い時は、すぐに支えてくれるし、怠くて歩けない時は、素早く抱えてくれた。
「レビンのおかげで助かるな。重くはないか?」
「殿下ほど軽くていらしたら、困ることなど何もありませんよ」
一方、私を置き去りにした侍従の行方は、杳 として知れなかった。
見つからなければいいと思った。
凍宮に戻ってしまった以上、簡単にこの命を差し出すこともできはしないのだから。
部屋の窓からは、降りしきる雪が見えた。
レーフェルトの冬はこれからますます厳しくなる。
雪が全てを埋め尽くし、人の行き来もさらに少なくなる。文字通り、雪と氷が檻となってこの身を囲うのだろう。
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