55 / 152
第54話 病魔 3 ヴァンテル視点
私は、毎日のように殿下を見舞った。
侍従や側仕えをことごとく入れ替え、生活の見直しをさせた。
「殿下。ご無理をなさいますな。お体に障ります。時間はまだあるのです。ゆっくりお過ごしを」
「⋯⋯学んでいる間は、兄様のことを考えずに済む。眠れば、兄様は、ブラオンは、なぜあんなひどい最期を⋯⋯と夢に見る。それに、学ばねばならぬことは無限にある」
殿下の瞳は私を見ていなかった。彼は煉獄にいる一人の男を追っている。幼い頃から、彼を慈しみ育てた太陽。殿下に注がれた愛情は、偏狭ではあっても間違いなく光だったのだ。
宮中伯たちの口から、アルベルト殿下の名前を耳にした。
「風にも倒れると聞いていたが、大層頑張っておいでだ。誰の話にも耳を傾けられる」
「元々が素直な気質でいらっしゃるから、飲み込みもお早い」
「正教会からの支持も高い。何度もお出ましになり、祈りと対話を続けておられる」
アルベルト殿下の大きな美徳の一つに、謙虚さがあった。尊大な第一王子にはなかった弱者への優しさにも人々は惹かれた。
賢く公平で、愛情深い。努力を惜しまず、人に誠意を貫こうとする。
アルベルト殿下は、今まさに王太子として認められようとしていた。
日毎に殿下の評判は増していく。
そして、殿下は決して学ぶことを止めようとはなさらなかった。
私は、殿下のお体に少しでも良いものをと周囲に命じた。
ライエンの口から、病に詳しい変わり種の料理人の話を聞いたのも、その頃だ。
そんな中で、殿下の婚約者を望む声が上がった。病弱王子と言われたアルベルト殿下に婚約者はいなかった。だが、王太子ともなれば話が違う。
多くの令嬢の中からノーエ侯爵令嬢の名が上がった時、私は耳を疑った。
「それで⋯⋯、殿下は何と?」
「皆のよいようにと仰っておいでです」
私が政務の後に殿下を訪れた時。殿下は手紙を書いていた。
「⋯⋯恥ずかしい話だけれど、女性に贈る手紙一つまともに書いたことがないんだ。贈り物のやり取りをしたこともないし。先方にとって、私はさぞかしつまらない男だろうな」
自嘲気味に話す殿下を、私がどんな気持ちで見ていたか。殿下は何も気づかずに続けた。
「昔、クリスにもらった贈り物は、どれも嬉しかった。クリスは、人にものを贈る時は何を考えて贈る?」
──相手が何を喜ぶか。いつも考えています。受け取ってくれた時の笑顔を考えて贈ります。
その言葉だけは、口にしたくなかった。
「女性なら誰でも、美しいものが⋯⋯お好きでしょう」
昔聞いた言葉を告げれば、殿下は成程と納得する。
「やっぱり聞いてよかった。ありがとう、クリス」
そんな言葉など、聞きたくもなかった。
殿下がノーエ侯爵令嬢と手紙の遣り取りを行い、贈り物を交換するようになった頃。
一通の手紙が私の許に届いた。
「二人きりで話がしたい」
差し出し人の名は、シャルロッテ・ノーエ。
ともだちにシェアしよう!