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第53話 病魔 2 ヴァンテル視点

 一か月が過ぎた頃。  殿下が倒れたとの一報が入った。  私は、自分を呪った。どうしてもっと、殿下のご様子を真摯に見てこなかったのか。  殿下は優しい方だ。心配させぬように、自分から辛いなどとは、決して言ってきたりしない。  殿下の部屋には、侍医と侍従たちだけがいた。  人払いをして、侍医と二人きりで話を聞く。殿下はまるで息をしていないかのように血の気のない顔で、ぐっすりと眠りについていた。  殿下のご様子はと聞けば、侍医は眉を(ひそ)めて語る。 「過度の睡眠不足による疲労。それに栄養状態もよくありません。侍従たちに聞けば、ろくに食事も召し上がらずに朝から晩まで教師がつききりだったと⋯⋯」 「誰がそんな暮らしをさせろと言った!!」  廊下に響くほどの大声で叫んだ。  兄王子の側に付いていた者たちから見れば、アルベルト殿下は不甲斐ない存在だったのだろう。体も弱く、ものもろくに知らない。少しでも早く、少しでも世継ぎとしてふさわしく。そう急き立てたのは、わかりきっていた。  朝から晩まで組まれた課程をこなすなど、殿下の今までの生活を考えれば、あり得ないことだ。 「⋯⋯ですが、それだけが問題なのではありません」  侍医は顔色を悪くしたまま、言いよどむ。私は、先の言葉を急かした。侍医は逡巡の末に、重い口を開いた。 「アルベルト殿下は、陛下と同じご病気です」 「病? それは、生来、虚弱でいらしたということではなく?」  侍医は首を振った。 「ロサーナ王家は、領地の分散を防ぐ為に、長く血族婚を繰り返してきました。それは閣下もご存知のはず」  自分も王家に連なる者の一人だ。よくわかっていた。 「御血筋に元々の因子があったと考えられています。王族の男子の半分が発症致します。お体の中に、あらゆる病に抵抗する御力が足りないのです。  過剰な労働は負担になり、成長されてからは、人の何倍も老いを加速させていく。おそらく、国王陛下はご存知でしたでしょう。ご自身と同じ病の王子を、できるだけ人々から隔離し、あらゆる病への感染を防ごうとしたのです」  ただ、体が弱いだけだと思っていた。療養として小宮にいるのだと。王太子の過剰な愛情が、さらに他の者から遠ざけているだけだと。  侍医は言う。 「体にも心にもご負担の無い環境が必要です。静かにゆっくりと日々をお過ごしになることが、御命を少しでも伸ばすこととなりましょう」 「⋯⋯殿下の御命は、どれほど」  聞くのも恐ろしかった。  侍医は首を振った。 「はっきりとは申せません。ただ、玉座になどお()きになれば⋯⋯」  ⋯⋯考えるのも恐ろしかった。 「だが、陛下は? 同じご病気だと言うなら、国王陛下は長く玉座にお就きではないか!?」 「⋯⋯薬がございます」 「薬?」 「とある地方に伝わる万能薬がございまして、陛下のお体にはそれがよく効きます。陛下はずっと、それを服用していらっしゃいました。6年前に手に入らなくなって以来、床に臥せられたままです」  薬の正体は、すぐにわかった。  北方地方の希少な蜂たちが集める蜜。  家督を譲られる前の年に、守り木の村の長は自決した。父は失意のままに床に臥せることが増えた。村を守ることができなかったと気に病んだのだ。そんな村には、今はもう誰も住んでいない。  村長との約束の薬の一部は、父から国王に献上されていたのか。  だがそれも、永遠に失われてしまった。  ──どうしたらいい?  あの方を、これからどうやったら守れるのだ。 「学ばねばならぬことがたくさんあるから、と長椅子で仮眠をとるような生活を、お続けだったようです。殿下のお体の為には、あってはならぬことです」  ⋯⋯止めなくては。殿下を。  

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