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第68話 本能 1
日を追うごとに体は回復していくが、困ったことが起きた。
あの日以来、ヴァンテルの顔をまともに見られない。
先日つけられた胸の痕が、着替えの時は必ず目に入る。その度に羞恥心でいっぱいになる。
早く消えればいいのにと焦っていると、首についた痕を見たレビンが言った。
「あっ、殿下、何か虫に刺されたんですね。皮膚の薄い所を刺されると、治りにくいんですよ」
「そ、そうか⋯⋯」
「フロイデンは、レーフェルトと違って暖かいですからね。夕方からは、窓をしっかり閉めておきますね!」
「⋯⋯うん」
心の中でヴァンテルを罵っても、本人は何事もなかったかのような顔をして現れる。
約束通り、夕食までに必ず帰って来ては、私に体の調子を尋ねるのだ。
「殿下? 今日は調子が悪かったのですか?」
「そんなことはない」
「⋯⋯そうですか」
寝台脇の椅子に座ったヴァンテルが、こちらをじっと見ている気配がする。
うつむいた顔を上げて視線を合わせれば、青い瞳がやたらと綺麗に思えて動悸がした。
「わかりました。これからは控え目にしますから、避けるのは止めてください」
「さ、避けてなんか!」
「いないんですか?」
思わず唇を噛むと、ヴァンテルの長い指先が軽く唇をつつく。何だか腹立たしくなって、口を少し開けて指先を齧った。
ヴァンテルは驚いて、すぐに指を引っ込めた。
「⋯⋯避けてない」
小さく呟くと、目の前にヴァンテルの厚い胸があった。ぎゅっと抱きしめられると鼓動が伝わってきて、いつもより早い気がする。何か小声で文句を言われたように思うけれど、よく聞こえなかった。
「クリス⋯⋯」
名前を呼ぶと抱きしめてくれる。優しい口づけが返されて、照れたような困ったような笑顔が目に入った。それがどんなに幸せなことか。私は後に、何度も思い出した。
ヴァンテルの屋敷で二週間が経った頃。
いよいよレーフェルトに戻る準備が整って、明後日には出発と言う時だった。
昼に来客があった。
私がここにいることを知っている者は、ヴァンテルと叔父、それにライエンだけのはず。
取り次ぐかどうか悩んだ執事は、相手を見て迷った末に、私の元にやってきた。
「⋯⋯殿下はここにいらっしゃらないと、何度も申し上げました。しかし、ライエン様から聞いているとお引き取りになりません。宮中の閣下にも使いを出しておりますが、他国からの来客を迎えており、お目通りが叶いません。すぐには連絡がつきそうもないのです」
執事が苦り切っているのは、屋敷の前での騒ぎが大きくなれば、他に伝わるからだ。明後日には、ここを出発する。穏便に過ごしたい、何事もなく出立の時を迎えたいと思う気持ちは、執事も私も同じだった。
レビンは、私たちを代わる代わる見ながら、汗をかいていた。
「⋯⋯それで、相手は誰なんだ?」
「宮中伯のトベルク様です」
私は、思いがけない名前に目を瞠った。
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