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第74話 資質 3

   起き上がって一人で食事がとれるようになった頃、トベルクがやってきた。  私は椅子に腰掛け、小さな円卓の上に置いた本を読んでいた。侍従に退屈だと漏らすと本を渡してくれたのだ。 「殿下、お加減はいかがです?」 「⋯⋯」 「だいぶ顔色が良くなって見違えるようだ。そんなに睨まなくてもいいでしょう。貴方の美しい顔には似合わない。ここは確かにお気に召さないでしょうが、お出しすることはできないのですよ」 「⋯⋯同じ幽閉ならば、凍宮に行くと言ったはずだ。其方は私の命が必要ではなかったのか?」 「色々、事情がありましてね」  トベルクは、私をじっと見た。 「見れば見るほど、若い頃の陛下によく似ておられる。そのものだ」 「フロイデンの春?」 「輝く太陽を映した白金の髪、明るくどこまでも続く空の瞳。花々にも負けぬ麗しい唇。詩人たちがこぞって、王を褒め称えた言葉です」 「⋯⋯王者とは、亡き兄上のような者を言うのだろう? 自信に満ち溢れ、皆を率いていくような存在を。詩人たちの言うことは、あまりにも抒情的だ」  トベルクは、淡く微笑んだ。前に見た口の端だけの笑顔ではなかった。 「殿下は小宮殿に長くおいでだったので、ご存知ないのでしょう。ロサーナの王は先んじて皆を率いる必要はない。この王の為に最善を尽くしたい。そう思わせる者こそが王冠を得るにふさわしい」  思わず瞳を瞬いた。そんなことは知らない。 「⋯⋯最善を尽くしたいと周囲に思わせる者?」 「そうです。12人の宮中伯は王の為に動く。自らの利益だけでなく、王を通してこそ国の未来を考える」 「父上は線の細い方だった。私は数えるほどしかお会いした覚えがないが、いつだって国を第一に考えていたと叔父上が仰った」 「エーデル陛下は常にロサーナと民のことを考えておいでです。自らのお暮らしぶりは実に質素で贅沢もなさらない。思慮深い陛下の為に皆が力を尽くしたいと思っている。癖の強い宮中伯たちが一つにまとまっているのは、あの方が王だからです」  トベルクは、私を見据えながら言った。 「⋯⋯今の筆頭殿だけは、最初から違っておりましたが」  胸の奥から何かが湧き上がってくるのを、じっと堪えた。  トベルクの言葉は消えない傷となって心を苛む。  ヴァンテルがあんなに心を寄せてくれたのは、愛情ではない。  ──生き物としての、本能⋯⋯。  生きる為に同族を引き寄せ、力を尽くさせているのなら。この身はどれだけ、貪欲でおぞましいのだろう。  足元は暗闇の中に沈んでいる。少し前までは明るい光の中に立っていたのに。  傍で手を握り、照れたように微笑む愛しい者の顔がぼやけていく。

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