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第73話 資質 2
次の夜が来た時には、静かに揺り起こされた。
目を開けた時に寝台の脇にいたのは、トベルクについてきた侍従と顔に紗の黒布を垂らした男だった。
室内には蝋燭が一本灯されている。私がいるのは、それほど広くはないが狭くもない部屋だった。
「殿下、声が聞こえますか? お体をご自分で動かすことはできますか?」
「⋯⋯き⋯⋯こえる」
掠れてはいるが、声が出た。
トベルクの侍従は頷いて、すぐには動けない私の体を支えながら起こす。黒布の男は幾つも大振りの枕を運んできて背に当てた。
体の血が一気に下がる気がしてふらつくと、しっかり体を掴まれた。
侍従は傍らにあった吸い呑みで私に水を与えた。少しずつ口に注がれた水は体を楽にする。
さらに侍従は、黒布の男から小さな盃を受け取った。その香りに私は息を呑んだ。侍従は有無を言わさず口の中に盃の中身を流し込む。吐き出そうとした瞬間に低い声が聞こえた。
「人々の無念を、さらに無駄に変えるおつもりですか」
私の喉は、ごくりと液体を飲み込んだ。
幼い頃から慣れ親しんだそれは⋯⋯『裁き』と呼ばれた蜂の蜜の味だった。
「蜜? まさか」
「⋯⋯殿下が幼い頃から、ずっと飲み続けてこられた蜜です」
「あの村の蜜はもう無いはずだ。どうして其方が持っている?」
「村を出る時に、隠してあった蜜を長から渡されました」
「⋯⋯守り木の村の者か?」
侍従も黒布の男も黙ったままだった。それは肯定の意味にとれた。
レビンの前の侍従が話していた。
長に言われて、生き残ったわずかな若者たちは村を出たと。
ヴァンテルの父である前公爵も、若者たちを支援していたはずだった。
「どうして⋯⋯私を、助ける? トベルクも」
「トベルク様のことは、ご本人に聞かれたらよろしいでしょう。私にはわかりません。私たちは村の掟に従うまで」
侍従はそれ以上語らなかった。後ろにいる男も。
そして、蜜は恐ろしいほどに回復の力を示した。
食事の度に水に溶かれた少量の蜜を飲まされた。
私の世話は二人が代わる代わる行うようになった。トベルクの侍従は昼に、黒布の男は夜にやってくる。食事の世話や寝室を整えるぐらいで、彼らの本当の目的は私の回復具合を確かめることだろう。
水分しか受け付けない体に、少しでも食べられるようにとスープが運ばれる。柔らかく煮こまれた肉や野菜が入っている様子におや、と思った。凍宮で出されたものとよく似ていた。
トベルクの侍従は話しかけてくるが、黒布の男は何も話さない。布をつけているのが不思議だったが、隙間から一瞬、頬が見えたことがあった。耳の下から顎にかけて大きな傷があり、そのせいだったかと心が痛む。
体が動くようになると、心は勝手にヴァンテルに向かう。
今頃どうしているだろう。それに倒れていたレビンは、執事は。
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