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第72話 資質 1

 雨が石壁を打つ音がする。  叩きつけるように激しくなっては静かになり、また激しくなることの繰り返し。  ここはどこだろう。  目を開けても真っ暗で何も見えない。今は夜なのか。  うつ伏せになったまま私は寝台に横たわっていた。寝台だとわかるのは、頬や指先に布の感触があり、体を休めるだけの広さがあるからだ。  体はまるで自分のものではないかのように重かった。闇の中で少しずつ体の感覚を確かめる。指先と瞼は動くが、そこまでだ。口の中は乾いていて、うまく声が出せない。  近くに人の気配はなく寒さも感じない。  ⋯⋯トベルクは私を殺すつもりではなかったのか。  いつ馬車から降ろされて、ここに来たのかも定かではない。出来ることはたった一つだけ。少しでも体が回復するように眠る事だけだった。  もう一度目を開けた時には、夜が明けていた。  ちょうど顔を向けていた側の上方に、明かり取りの為の小さな窓がある。そこから、白く明るい光が差し込んでいた。  体は少しずつ動くようになってきていた。痺れが取れた手を、ゆっくりと握っては開く。意識と感覚が結びつくのがわかり、今度は手首を動かした。腕をそろそろと上げた後、なんとか寝返りを打とうと試みたが無理だった。  もう一度と思った瞬間、がちゃ、と音が聞こえた。あれは扉の鍵を開ける音だ。咄嗟に目をつぶって力を抜いた。  部屋の中に入ってくる足音が聞こえる。⋯⋯二人。 「まだ目覚めないのか」 「本来なら二度とお目覚めにならない量を処方致しました」 「だが、解毒剤を飲ませただろう?」 「少々お時間が経ってからです。どの程度回復されるかは、わかりかねます」  ⋯⋯この声は。それに解毒剤?  寝台の脇に人が立つ気配がした。顔を覆っていた髪が耳元に流され、頬に指先が触れる。 「⋯⋯生きてはいるようだな」 「夜にも確認は致しました。引き続きご容態を見ませんと」 「任せる」  頬から手が離れ自分を見つめている気配がした。息を殺していると寝台から遠ざかっていく。扉を開ける音と共に、主従の会話が聞こえてきた。 「目覚めたなら、水と食事を与えよ」 「かしこまりました」  部屋から二人が出て行く気配がする。  私は小さく息を吐いた。  ⋯⋯今のはトベルクだ。一緒に居たのは、あの時の侍従だろうか。  どういうことだ。殺そうとした人間を、なぜ生かそうとする?何か利用価値があるというのだろうか。  冷汗をかき、気力が抜けていく。こんな時はひたすら動かずに目をつぶる。眠ろうと眠るまいと、それしか回復の見込みはないのだ。すると、わずかに甘い香りがした。どこから流れてくるのだろう。懐かしい香り⋯⋯。いつのまにか、うとうとと微睡(まどろ)んでいた。  

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