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第71話 本能 4
几帳面な字で詳細に書かれていたのは、希少種の蜂の生態についての研究と考察だった。
“ロサーナ王家には、代々、遺伝病の因子を持った男子が誕生する。彼らは幼い頃から病弱であり、病を発症した後は急速に老いを迎え、急逝することも多々ある。
しかし、希少種である蜂、『裁き』の蜜があれば、劇的に病の回復を図ることができる。”
⋯⋯蜂の名を初めて知った。
一頁だけ、栞が挟まれているところがあった。トベルクは、その頁を開いた。
“『裁き』の巣の中に幼虫がいると、成虫たちは我先に幼虫の世話をする。幼虫が発する固有の匂いに反応し、己の寿命を減らしてでも幼虫を成長させるのだ。
王族の中にも、同じような傾向がみられる。遺伝病の因子を持った男子の中で、後に病を発症する男子に共通の現象がある。”
“誕生した瞬間から、一人を生かすために盲目的に力を尽くす者たちが現れる。まるで、その男子自身が、他の者を引き寄せる物質を持つかのように、周囲はあらゆる力を尽くして成長を促そうとする。”
──何だ、これは。
──何が、書かれている。
“まるで、その男子自身が、他の者を引き寄せる物質を持つかのように⋯⋯”
「これは、北方でとある一族に守られていた蜂についての研究書です。王族の病と合わせて、ずっと研究してきた者たちがいる。近年、金に困った一族の者が売り払った本を手に入れましてね、大層面白く読みました。その栞のところですが」
トベルクは、件の頁を開いて目を走らせた。
「まるで、蜂の幼虫が匂いをまき散らし、他の成虫に世話をさせるかのようだと。後に病を発症する王族は、生れ落ちてすぐに、他の王族を引き寄せるとあります。
⋯⋯代々、蜂の蜜とやらを摂取していた記録もありますから、因果関係があるかもしれませんね。
病は、ロサーナの王族男子の二人に一人が発症すると言われている。国王陛下も、アルベルト殿下、貴方ご自身もでしょう?」
目にした言葉と耳にした言葉が、ぐるぐると渦を巻く。
「⋯⋯ご自分が生きるために、同族を引き寄せ、力を尽くさせる。おぞましい虫たちと同じように」
トベルクの言葉を聞くな、と何かが告げている。
これ以上考えるのは、止めろ、と。
けれど、自分の中で考えるのを止めることは出来なかった。
父上の為に、遠路はるばる祖国まで駆けつけた叔父上。さらには私の様子を知る為に、最果てのレーフェルトまで。
私の為に蜜を探し、守り木の村を滅ぼした兄様。望めば、どんな願いも叶えようとしてくれた。
⋯⋯そして。
自分の全てを懸けてくれた。どんな時も想ってくれた。
『貴方は、私の全てです。アルベルト殿下』
──クリス⋯⋯。
一人を生かすために、盲目的に力を尽くす。
まるで、『裁き』の巣の中の成虫たちのように。
トベルクがそっと、肩に触れる。
「お可哀想に。貴方に向けられたお気持ちを、ずっと誤解していらしたのですね。本能と愛情を、錯覚なさってはいけません、殿下」
その言葉を最後に、私は意識をまともに保つことができなくなった。
くずおれた身体がトベルクから侍従へと手渡され、部屋を出される。続き部屋で倒れているレビンが、目の端に見えた。トベルクの侍従と配下たちは、そっと私を馬車に運び込む。
馬車は、何の紋章もなく質素な造りで、貴族の馬車にはとても見えない。
中は割合に広かったが、窓は塞がれ、乗り込んだ途端に目隠しをされた。
横になったまま、馬車から伝わる振動を感じる。
自分がどこに向かっているのかはわからず、心は虚ろなままだった。
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