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第104話 和解 4

   私は久しぶりに、ヴァンテルと共にマルクの作ってくれた夕食をとった。  マルクはずっと私のことを心配していたようで、食事の度に多くの料理が運ばれる。こんなに食べられない、と必死な私をヴァンテルが笑う。 「そういえば、マルクを手配してくれたのは⋯⋯クリスだったんだな」 「殿下の御体をよくするものがあるのなら、それこそ(わら)にもすがりたい気持ちでした」 「⋯⋯ありがとう」  給仕をしてくれるのはロフとブレンだ。  トベルクと話をつけ、二人は凍宮に残ることになった。折を見て、念願である守り木の村に発つだろう。  食後のお茶を飲みながら、私はヴァンテルに尋ねた。 「⋯⋯クリスはこれから、どうするつもりなんだ?」 「どうする、とは?」 「宮中伯のことだ。⋯⋯それに」  ずっと心に引っかかっていた言葉が、口の先まで出かかっている。何度も聞こうと思っては、口に出すことが出来ずにいた。まるで喉に刺さった小骨のように。 「クリス⋯⋯。シャルロッテとの⋯⋯婚約は」 「恋敵と婚約などしませんよ」 「⋯⋯恋敵? だって、ライエンやトベルクが」  恋敵とはどういう意味なのか? 怪訝な顔をしていると、ヴァンテルは眉を顰めた。 「⋯⋯ノーエ侯爵令嬢には、恩があります。殿下が凍宮においでの間に、何度か文の遣り取りをしました。貴方が廃嫡されたことに慌てた侯爵と令息がそれを嗅ぎつけて、宮中に噂を流したのです。貴方の代わりに私を令嬢に宛がおうとした。当の令嬢は、もはやロサーナにはおりませんが」  予想もしていなかった答えだった。 「シャルロッテは、どこへ?」 「スヴェラにおられます。医術を学びたいと、女性でも気概のあるものは登用される女王陛下の国へ向かわれました。知人がおりますので、私が滞在先を御紹介した次第です」  旅立つまでの遣り取りを多くの者が誤解しただけだ、とヴァンテルは言う。親密さを誤解されたままの方が、彼女がスヴェラに辿り着くまでは都合が良かった。だから特に誤解も解かなかっただけだと。  安心したような、気が抜けたような気持ちだった。 「そうだったのか⋯⋯」  クリスがこちらを見て心配気な視線を投げる。 「⋯⋯そんなに、気になりますか? シャルロッテ殿のことが」 「えっ」 「スヴェラでもご不自由がないように、十分な資金援助はさせていただくつもりです」  私はヴァンテルに向かって微笑んだ。 「シャルロッテが望んだ道に進めるのならば、それが一番いい。クリスには望みを打ち明けていたんだな。彼女の為に力を尽くしてくれて、ありがとう」  美しい少女は時折何か言いたげに、揺れる瞳を向けてきた。 「シャルロッテは、大事なことは最後まで私に言ってくれなかった。何か言いたそうで、それでも黙って微笑んでいた。いつか打ち明けてくれればいいと思っていたが、残念ながら私はそんな存在にはなれなかった」 「⋯⋯殿下」  ヴァンテルは、眉を寄せた後に黙り込んだ。少したってから、視線を落として言葉を続ける。 「私はひどく心の狭い男です。⋯⋯恋敵の心をお伝えするよりも、自分の心を優先します。ノーエ侯爵令嬢への支援は惜しみません。ただ二度と、ロサーナに戻られることはないでしょう」 「シャルロッテが幸せになってくれれば十分だ」  ヴァンテルは頷いた。どこか痛みを伴った表情が不思議だった。

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