138 / 152

雛の王子 4 錦秋(2)

   叔父とフェリクス王子がスヴェラに帰国する日が迫っていた。  私は思い切って、前から計画していたことを話してみた。 「フェリ、北の地には美しい場所がたくさんあるんだ。たくさんの鳥たちが訪れる湖や渓谷の滝、少し遠出すれば海を見ることも出来る。凍宮にいる時間も残りわずかだ。どこか行きたい場所はある?」   王子は頬に手を当てて考え込む。 「私は⋯⋯どこにも行かなくてもいいのです。アルベルト様と一緒にいられれば⋯⋯。それが一番、楽しいです」 「フェリ⋯⋯」  私は思わず、傍らの王子を抱きしめてしまった。  向かい側の椅子に座る叔父が、もの言いたげに私たちを見た。 「叔父上、どうなさったのです?」 「いえ、我が子ながら見事だと」 「え?」  腕の中の王子が父を見つめれば、叔父はふっと微笑んだ。 「ここに居られるのもあと少しだ。出かけてみるのもいいでしょう。アルベルト殿下のお薦めはどちらです?」 「錦秋の滝はいかがでしょう? 色づいた木々と滝の景観が見事な場所で、ここからあまり遠くありません」 「殿下のお薦めなら、見てみたい」  叔父の言葉に喜んで微笑むと、フェリクス王子が自分も行くと叫んだ。  ずっと張りついていた王子が就寝した後に、自室を訪ねてきたのはヴァンテルだ。 「⋯⋯アルベルト様。こんなことを申し上げるのは気が進みませんが」  珍しくヴァンテルの歯切れが悪い。 「最近、あまりにフェリクス殿下とお過ごしの時間が多くはありませんか?」  眉根を寄せる男の顔は、まるで隣国と戦でも始まるかというほど重々しかった。 「凍宮内でも話題になっています。殿下がフェリクス王子に付き切りだと」 「そう言われればそうかもしれない。⋯⋯まるで弟ができたようで、嬉しくて」 「弟?」 「うん。ほら、私には兄しかいないだろう? ずっと弟か妹がいたらいいなと思っていたんだ。弟だと思ってほしいと言われて、すっかり舞い上がっていた」  ヴァンテルの眉間に皺が寄る。 「⋯⋯あざとい」 「クリス? 何か言った?」  ヴァンテルは、私の額に自分の額をこつんと当てた。  実は、王子の相手で忙しくて幾つか後回しにしてしまった政務がある。差し迫ったものでもなかったので大丈夫だと思ったが良くなかっただろうか。  ヴァンテルに言えば、「その日のことはその日のうちになさるべきです」と返された。  それはそうだ。何年たっても私は足りないことばかりだと項垂れていると、こめかみに唇が優しく押し当てられた。 「まあ、ご心配なさるほどのことでもないでしょう。それよりも、本当に滝まで行くおつもりですか?」 「朝早く出れば問題ないだろう。今なら木々も色づいて美しいはずだ。それに⋯⋯お前も一緒に行ってくれるだろう? なかなか一緒に遠出は出来ないから、同行してくれたら嬉しい」  ヴァンテルは口を引き結んだまま、黙って私を抱きしめた。 「クリス?」  大きなため息が漏れる。 「⋯⋯私は、貴方に甘過ぎるような気がします」 「知ってる」  逞しい体に抱きつきながら、今更だろうと笑った。

ともだちにシェアしよう!