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雛の王子 4 錦秋(1)

 庭園を見渡せば、大樹の陰に茶卓が持ち出され、真っ白な布がかけられている。  レビンが用意した茶と菓子が並べられ、フェリクス王子が一人で椅子に座っていた。  私は小道を走って、王子の元に駆けつけた。 「⋯⋯アルベルト様」  焼き菓子を頬張った王子が目を丸くしている。 「よかった。ここにいらっしゃるとレビンに聞いて⋯⋯」  私は王子の前にしゃがんで、そっと顔を見上げた。王子は膝の上に手を乗せて、困ったようにうつむく。 「すみません。殿下のお気持ちを考えない振る舞いをしたばかりに⋯⋯。嫌な思いをなさったでしょう」  フェリクス王子は、ぷるぷると首を振った。赤い顔をして、小さく呟いている。 「わ、私も失礼なことを⋯⋯」  失礼なこと?  ヴァンテルの言葉が、よみがえる。 『まだお父上が恋しいお年頃なのです』  ああ、ぼくのなのに、と言っていたな。 「ご無理もありません。殿下が大切にお思いなのに、私は気にもかけませんでした。お許しいただけるでしょうか」 「⋯⋯も、もちろんです」  王子はしっかりと私の瞳を見つめて言った。 「安心しました。ではまた、仲良くしてくださいね」 「わ、私こそ。あの、お願いがあります。アルベルト様!」 「何ですか?」 「⋯⋯愛称で呼んでほしいのです。私の方が年下ですから、敬語もいりません」 「愛称?」 「はい。私には兄がいないので、弟のように思っていただけたら⋯⋯」  ──弟。  ドキンと胸が大きく跳ねる。小宮殿で暮らしていた頃、自分に弟か妹がいたらよかったと何度も思った。一緒に暮らせなくても、時折会って過ごせたらどんなに楽しいだろう。  兄様やクリスがしてくれたように、本を読んであげたり、楽器を一緒に弾いたりしたかった。 「私にも弟がいないから⋯⋯。えっと、フェリクスと呼べばいい?」  王子が、ぱっと明るい顔になる。 「母や父はフェリと呼びます」 「ああ。じゃあ、私もそう呼ぼう。⋯⋯フェリ」 「嬉しいです! アルベルト様!」  興奮して立ち上がった王子の手が皿にぶつかり、焼き菓子が数枚、下に落ちた。 「あっ!」 「大丈夫」  地に落ちた焼き菓子を拾い、大樹の根元まで歩いて、地表に張り出た根の上に置いた。  二人で眺めていると、木の枝をするりと渡って、ふさふさした尻尾の生き物が現れる。菓子を見て戸惑ったように首を傾げていたが、ふんふんと匂いを嗅いでいる。  私が人差し指を口の前に立てると、フェリクス王子の瞳がきらきらと輝く。小さな前脚が伸びてきて、焼き菓子を掴んだ。あっという間に、菓子は小動物のお腹に消えていく。   私たちは顔を見合わせて微笑んだ。 「アルベルト殿下! フェリクス殿下!」  こちらへ向かって走ってくるレビンの声に驚いて、小さな生き物は樹上に姿を消してしまった。  レビンの後ろからは、神妙な顔をした叔父上とヴァンテルがやってくる。にこにこと笑う私達に、三人は首を傾げた。  その後、フェリクス王子はヴァンテルの後を追わなくなった。  気づいたらいつも、私のすぐ側にいる。  私は嬉しくて、求められるままに一日の大半を共に過ごした。

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