136 / 152
雛の王子 3 攻防(3)
最初は苦戦していた音も、何度か教わるうちに上手く音が出るようになった。
「殿下、落ち着いて。もう一度、お一人で」
とうとう一人で、思うように音を出すことが出来た。
私は喜びのあまり、叔父に思いきり抱きついた。
叔父が静かに髪を撫で、額に口づけを落とす。幼い頃から慣れ親しんできた親愛の表現だった。
「⋯⋯ち、ちちうえ!」
か細い悲鳴が聞こえた。
二人で顔を上げると、親鳥と雛⋯⋯。いや、ヴァンテルとフェリクス王子が立っていた。
「あれ、二人ともどうして?」
「いえ、リュートの音が聞こえたので聴かせていただこうかと⋯⋯」
ヴァンテルの抑揚のない声が響く。
フェリクス王子は、眉根を寄せてこちらを睨んでいる。
「叔父上に教えていただいていたんだ。なかなかうまく弾けないところがあって」
「殿下は飲み込みがよろしいので、すぐにお出来になる。もう大丈夫でしょう」
大きな手がふわりと私の頭を撫でた。
「⋯⋯ぼ、ぼくのなのに!」
大きな声が響いた。フェリクス王子が、ぶるぶると震えている。
顔が真っ赤になって、見る間に涙が浮かぶ。
⋯⋯ぼくの?
王子は踵を返して部屋の外に走っていく。
「フェリクス殿下!?」
思わず立ち上がって廊下に出たが、王子の姿は影も形もなかった。
──ああ、そうか。せっかく父君と二人きりの旅で凍宮まで来たのに、従兄弟なぞが突然親しい姿を見せれば、悲しい気持ちにもなるだろう。
叔父は小さくため息をついた。
「相変わらず、あの子は感情的でいけない。あれでは、伝わるものも伝わらない」
「まだお小さいのです。私は殿下のお気持ちも考えずに、可哀想なことをしてしまいました。フェリクス殿下は、父君を慕っておいでなのですね」
叔父は口元に指を当てて、黙って眉を顰めている。
ヴァンテルが重々しく頷いた。
「フェリクス殿下は、まだまだ父君が恋しいお年頃です。アルベルト様も、もう少しお考えになったほうがよろしいでしょう」
珍しくヴァンテルにまで窘められて、気持ちはすっかり落ち込んだ。
レビンが入ってきて、お茶の支度ができたと言う。
王子が出ていったことを告げれば、庭にいると。
「廊下を走っていらしたので、庭でお茶をしましょうと誘っておきました! 先に焼き菓子を召し上がっておいでです」
流石はレビンだ。物腰が柔らかい侍従は、いつでも幼い者たちの心を捉えている。
ほっとして、すぐに謝ろうと部屋を出た。
残った者達の交わす視線に気づかずに。
「⋯⋯王子とアルベルト殿下を離そうとした悪巧みは、成功したようだったが」
叔父は、ヴァンテルに冷たい視線を投げつけた。
「王配殿下は、何かお考え違いをなさっておいでです。僭越ながらフェリクス殿下が、私に興味をお持ちのご様子ですが?」
「興味? ああ、そうだ。あの子は、其方がアルベルト殿下の世話を焼く様子に興味があるのだろう。我が一族は、総じて目が高い。美しく可憐なものを好むのは子どもだとて同じこと」
ヴァンテルが射殺しそうな視線で叔父を見る。
「⋯⋯可憐な薔薇は、とうに所有者が決まっておりますので」
窓から、初秋にしては冷たい一陣の風が吹き抜けていった。
ともだちにシェアしよう!