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雛の王子 3 攻防(3)

 最初は苦戦していた音も、何度か教わるうちに上手く音が出るようになった。 「殿下、落ち着いて。もう一度、お一人で」  とうとう一人で、思うように音を出すことが出来た。  私は喜びのあまり、叔父に思いきり抱きついた。  叔父が静かに髪を撫で、額に口づけを落とす。幼い頃から慣れ親しんできた親愛の表現だった。 「⋯⋯ち、ちちうえ!」  か細い悲鳴が聞こえた。  二人で顔を上げると、親鳥と雛⋯⋯。いや、ヴァンテルとフェリクス王子が立っていた。 「あれ、二人ともどうして?」 「いえ、リュートの音が聞こえたので聴かせていただこうかと⋯⋯」  ヴァンテルの抑揚のない声が響く。  フェリクス王子は、眉根を寄せてこちらを睨んでいる。 「叔父上に教えていただいていたんだ。なかなかうまく弾けないところがあって」 「殿下は飲み込みがよろしいので、すぐにお出来になる。もう大丈夫でしょう」  大きな手がふわりと私の頭を撫でた。 「⋯⋯ぼ、ぼくのなのに!」  大きな声が響いた。フェリクス王子が、ぶるぶると震えている。  顔が真っ赤になって、見る間に涙が浮かぶ。  ⋯⋯ぼくの?  王子は踵を返して部屋の外に走っていく。   「フェリクス殿下!?」  思わず立ち上がって廊下に出たが、王子の姿は影も形もなかった。  ──ああ、そうか。せっかく父君と二人きりの旅で凍宮まで来たのに、従兄弟なぞが突然親しい姿を見せれば、悲しい気持ちにもなるだろう。  叔父は小さくため息をついた。 「相変わらず、あの子は感情的でいけない。あれでは、伝わるものも伝わらない」 「まだお小さいのです。私は殿下のお気持ちも考えずに、可哀想なことをしてしまいました。フェリクス殿下は、父君を慕っておいでなのですね」  叔父は口元に指を当てて、黙って眉を顰めている。  ヴァンテルが重々しく頷いた。 「フェリクス殿下は、まだまだ父君が恋しいお年頃です。アルベルト様も、もう少しお考えになったほうがよろしいでしょう」  珍しくヴァンテルにまで窘められて、気持ちはすっかり落ち込んだ。  レビンが入ってきて、お茶の支度ができたと言う。  王子が出ていったことを告げれば、庭にいると。 「廊下を走っていらしたので、庭でお茶をしましょうと誘っておきました! 先に焼き菓子を召し上がっておいでです」  流石はレビンだ。物腰が柔らかい侍従は、いつでも幼い者たちの心を捉えている。  ほっとして、すぐに謝ろうと部屋を出た。  残った者達の交わす視線に気づかずに。 「⋯⋯王子とアルベルト殿下を離そうとした悪巧みは、成功したようだったが」  叔父は、ヴァンテルに冷たい視線を投げつけた。 「王配殿下は、何かお考え違いをなさっておいでです。僭越ながらフェリクス殿下が、私に興味をお持ちのご様子ですが?」 「興味? ああ、そうだ。あの子は、其方がアルベルト殿下の世話を焼く様子に興味があるのだろう。我が一族は、総じて目が高い。美しく可憐なものを好むのは子どもだとて同じこと」   ヴァンテルが射殺しそうな視線で叔父を見る。 「⋯⋯可憐な薔薇は、とうに所有者が決まっておりますので」  窓から、初秋にしては冷たい一陣の風が吹き抜けていった。

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