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雛の王子 3 攻防(2)
「アルベルト殿下。今日のスープはお気に召しましたか?」
「ああ、とても美味しい」
「⋯⋯滋養のつくものをと、マルクに伝えておきました」
共に夜を過ごした朝は、私は固形物がほとんど喉を通らない。気遣ってくれるのは嬉しいが、何もかも見透かされている気がして、頬が熱くなった。
視線を感じて前を見ると、フェリクス王子はすぐに下を向く。
「殿下、どうなさいました?」
「い、いえ⋯⋯」
「陽射しを正面からまともに見たら目が眩 みます。直接見るのではなく少し視線を逸らして、御目を慣らすのがよろしいでしょう」
ヴァンテルの言葉に、はっとしたように王子が目を上げた。視線が交わされ、ヴァンテルはこくりと頷く。
二人の間には何か通じ合うものがあるようだ。だが私には、何故ここで陽射しの話が出るのか、さっぱりわからない。生憎 、窓から見える空は曇りだった。
叔父は何か言いたげに、目を細めてヴァンテルを見る。
妙な雰囲気の中で食事は進んだ。
この日の食事をきっかけに、フェリクス王子はヴァンテルの後を追うようになった。
本人は、つかず離れずの距離を保とうとしているようだが、傍目にはずっと付きまとっているように見える。
「スヴェラの王太子殿下は、公爵閣下がお気に入りと見える」
「お姿を見るなり、追いかけておられますものね」
「何と申しますか⋯⋯。まるで、生まれたての鳥の雛のような」
凍宮にいる者たちが口々に噂する。
ヴァンテルは気にしているのかいないのか。大切な仕事以外の時は、王子の好きにさせている。
私はフェリクス王子と過ごす為に立てた計画を前に、悩んでいた。
ヴァンテルのことが気に入っているなら、共にいるように計らった方がいいだろう。
すぐ近くにやってきた人影が、ふわりと髪を撫でる。
「何を難しい顔をなさっておいでです?」
「叔父上!」
「可愛いアルベルト殿下は、会わないうちにすっかり美しくなられた」
私は思わず笑った。
「叔父上の方が、よほど華やかなお顔立ちをしておいででしょう? 以前お会いした時と少しもお変わりにならない。フェリクス殿下は叔父上に似ておられますね」
「顔はそうかもしれないが、あれの気性は女王陛下そっくりだ。猛禽のように狡猾で、狙った相手を離さない」
「⋯⋯すごい言いようですね。でも、そんなふうにはお見えになりませんよ。素直で、まるで鳥の雛のように愛らしい」
叔父上は面白そうに笑った。
「殿下の方が、よほどお可愛らしいと思います。うちのフェリクスを気に入っていただけましたか?」
「元気が良くて可愛い方だと思います。先日は、朝早く木登りをなさっておいででした」
露台から見かけて声をかけたことを告げると、叔父の瞳がすっと細くなった。
「なるほど⋯⋯。道理で」
「叔父上?」
「いえいえ、雛は親代わりの鳥に任せておきましょう」
親代わり?ヴァンテルのことだろうか。
「そういえば叔父上、私は春にリュートの名人に会ったのですよ。昔を思い出しました」
「おや、それはちょうどいい。久々にお聴きしたいものです」
春にトベルクたちが連れて来たリュートの名手は、すっかり忘れていた音楽への関心を呼び覚ました。
私はあれ以来、音楽の教師を頼んで週に二度ほど手ほどきを受けている。すっかり鈍 っていた指も毎日弾くように心がけているうちに、少しずつ聴ける音になってきていた。
叔父の前で演奏するのは気恥ずかしかったが、昔に戻ったようで嬉しい。
温かいまなざしを受けながら、私は子どものように素直な気持ちで弦に触れた。
二曲ほど奏でた後に、叔父からは、大きな拍手が贈られた。
「素直な音です、アルベルト殿下。幼い日の殿下にお会いできた気がします」
「どうしても上手く弾けないところがあるのです。ここはどうしたらいいのでしょう」
「指の当て方が少し違います。よろしいですか⋯⋯」
リュートは、指で弦を撫でるようにして弾いて音を出す。ほんの少しの変化で音もまた変わってしまうのだ。叔父は私の指を取って、ゆっくり弦に当てた。
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