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雛の王子 3 攻防(1)

   朝食の席に着いたフェリクス王子は、畏まって朝のお茶を飲んでいた。  まるで、木登りなどしたことがないかのように。  こちらに気がついて、ぱっと瞳を輝かせる。 「アルベルト様!」  席から立ち上がった王子に、思わず笑顔になった。 「おはようございます、フェリクス殿下。お早いお目覚めですね」  私が挨拶の言葉を発するより先に、後ろに控えていたヴァンテルが王子に話しかけた。  公爵の一点の曇りもない笑顔に、フェリクス王子が見惚れている。 「朝のご挨拶にアルベルト殿下の元へ参りましたら、朝食にお誘いいただきました。ご一緒してもよろしいでしょうか?」  流れるように(てい)のいい嘘をつく姿に、ぞくりと体が震える。  今度からヴァンテルの言葉には注意しよう⋯⋯。  フェリクス王子は、ヴァンテルを見つめたまま、こくこくと頷いている。 「公爵は毎朝、アルベルト殿下にご挨拶に伺うのか?」 「左様でございます。アルベルト殿下は我が主君。日々の挨拶と殿下のご体調を確かめるのが私の務めですので」  素直な王子は、ヴァンテルの言葉にきらきらと目を輝かせている。  ⋯⋯挨拶はまだしも、体調管理は公爵の仕事ではないな。  心の中だけで呟く。とても口出しできるような雰囲気ではない。  レビンが私たちのお茶を素早く用意する。  ヴァンテルが当然のように私の隣に座り、ついと私の顔を見た。 「⋯⋯少しは深くお眠りになられたようですね。お疲れですが、お顔の色はよろしいですし、瞳も変わらずお美しい。唇は少し荒れておいででしたが、今日は艶やかにおなりだ」  昨夜の睡眠の具合など口に出さなくても知っているくせに。腕にずっと抱えて眠っていたのは誰だ!  よくも言ったものだと呆れるが、たしかに深く眠れた。ただ、睡眠は短く、体に怠さは残ったままだ。 「其方がさんざんつけろと言ってくるから、渡された軟膏を毎晩唇につけている」  小さく応えれば、ヴァンテルは満足そうに微笑んだ。  フェリクス王子が目を真ん丸に見開いている。 「フェリクス殿下?」 「いえ、何でもありません」  ちょうど部屋に入ってきた叔父は、食事の席に遅れた非礼を詫びて息子の隣に座る。  私の目の前は、フェリクス王子だ。何を食べても美味しいと言う王子は、とても行儀がいい。厳しく躾けられているのだろう。辺りを見回すことも、はしゃぐこともない。  料理人のマルクが腕によりをかけた料理が運ばれてくる。  本来は正餐である昼食に力を入れるが、マルクには朝食こそしっかり食べるべきだとの持論がある。私の体が強くなるにつれ、朝食に肉料理が供されることが増えていた。  今朝は、こんがりと焼いた鶏に晶林檎を煮詰めてかけたものが主菜だった。鶏の肉汁と林檎の甘酸っぱさが口の中で溶けあう。焼きたてのパンと共に食べれば、誰でも笑顔になりそうな出来だった。 「この食べ物は何ですか?」  王子が一口食べて、興奮した口調になる。食べながら質問するなと叔父が眉を上げて(たしな)めた。しょんぼりと肩を落とす王子を、私は慰めた。 「ここには私と公爵しかおりませんので、どうぞ気を楽にお召し上がりください。こちらは、北方地方特産の果実を煮詰めて、焼いた鶏にかけたものです」 「とても美味しいです!」  今年の晶林檎は、まだ穫れない。保存していた貴重品を使うマルクの意気込みが伝わってくる。  ぱくりと嬉しそうに口にする王子を見ると、自分に弟がいたらと幸せな想像がよぎる。

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