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雛の王子 2 長夜(3)

   コツッ!  コッ、コツン。  何か、小さなものがぶつかる音が断続的に続く。  コツ。   ⋯⋯何だろう?  私はそっと起き上がり、裾の長い上着を寝間着の上に羽織った。  耳を澄ますと、音は外にある露台のほうから聞こえていた。  続き部屋には露台に出るための扉がある。   厚い硝子の(はま)った扉を開ければ、清涼な空気が入ってくる。  朝晩はだいぶ冷え込むようになった。庭園の木々は身に纏う色を変え、目にも鮮やかな姿に変わっていく。  露台に足を踏み入れた途端、ひゅっと何かが飛んできた。  屈んで拾おうとすれば、丸い木の実が幾つも床に転がっている。 「団栗(どんぐり)?」  手の平に乗せると、艶やかな木の実が朝陽にきらきらと輝いて美しい。  木の実の飛んできた方を見れば、露台から少し離れた場所にある木が揺れている。枝の合間にちらちらと黄金色の光が見えた。  少しずつ、近寄ってくる⋯⋯?  じっと眺めていると、枝の間に手が伸び、ひょいと小さな顔が出た。 「フェリ、クス⋯⋯殿下?」 「アルベルト様!」」  目を丸くした王子の体が一瞬、枝の上で揺れる。  私は叫びそうになった声を、必死で押しとどめた。  ⋯⋯驚かせてはいけない。  そんなことになったら、王子はきっと、真っ逆さまに落ちてしまう。想像するだけで心臓が飛び出そうだった。 「おは⋯⋯ようございます。早起き⋯⋯なのですね」 「はい! 目が覚めてしまって!」  王子は木の上から元気よく叫んだ。  なぜ、ここにいるんだ? 「散歩していたら庭師がいたんです。アルベルト様のお部屋を聞いたら、こちらだって教えてくれました!」  まるで心を読んだかのように、元気な声が返ってくる。 「そ⋯⋯うですか。でも、そこは⋯⋯高いでしょう?」 「大丈夫です! 木登りは得意なんです!」 「もしかして、これは、殿下がくださったのですか?」 「はい! この木にたくさんついています」  私は王子と手の中の木の実を代わる代わる見比べた。 「アルベルト様?」  小さく、部屋の中から、私の名を呼ぶ声がする。  私は露台と部屋の間の扉を、全力でバン!と大きな音をたてて閉めた。  体から汗が噴き出てくる。  ──来るな、クリス!絶対!! 「あのっ! アルベルト様! 朝食をご一緒しませんか?」 「も、もちろんです、殿下。ゆっくり⋯⋯その、降りて」 「はい!」  するすると木を降りたフェリクス王子は、見事に地上に着地した。  露台から覗き込むようにして見下ろす私に気が付いて、ぺこりとお辞儀をする。  私が小さく手を振ると、喜んで手を振り返してきた。  王子が走り去るのを見て、体から一気に力が抜ける。私はずるずると露台の床に座り込んだ。 「アルベルト様? 一体⋯⋯」  硝子を嵌めこんだ扉がそっと開き、怪訝な顔をしたヴァンテルが顔を出した。

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