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雛の王子 5 猛禽(3)

   とうとう、叔父とフェリクス王子が帰国する日がやってきた。  あっと言う間の一か月間で、私は寂しくて仕方がない。  雛鳥に例えられた王子はあちこちに顔を出しては喜ばれていたので、多くの者が王子との別れを惜しんだ。  広間では旅立ちに際して、別れの儀が行われた。  王子は叔父と共に口上を述べ、私の前で跪く。 「アルベルト殿下。私はまだ若輩の身です。ですが、これから成長してスヴェラを必ずや立派な国にして御覧に入れます」 「貴方なら、きっと良き王におなりです。フェリクス殿下」  勇猛果敢な女王陛下と聡明な叔父の血を受け継ぎ、英邁な君主と謳われるに違いない。国民は彼を愛し、スヴェラはこれから益々の発展を遂げるだろう。  思わず微笑めば、王子は真っ赤な顔になった。 「もう一度、ここに来ます。そして、貴方に⋯⋯」  少年は私の手を取った。 「えっと⋯⋯、申し込みに来てもいいでしょうか」  ──申し込み?何を?  広間に沈黙が落ちた。  少年の切実な瞳に、はっとする。  叔父とヴァンテルが、同時にフェリクス王子を見た。  ここぞとばかりに相手を威圧する大人たちが恐ろしい。  ──子どもの言葉に、大人げない。  私は、心の中でため息をついた。 「フェリクス殿下」 「アルベルト様」 「貴方が、ご立派に成長されるのを楽しみにしております」 「は、はいっ!」  王子の瞳が輝くのと同時に、四つの大人の瞳が曇る。  小さな歓声と共に温かな拍手が湧き起こった。それは、微笑ましい子どもの発言を見守る、心優しい大人たちからの拍手だった。 「クリス、まだ怒ってるのか」 「⋯⋯」 「居並ぶ臣下の前で、年若い王子に恥をかかせるわけにはいかないだろう」 「わかっております⋯⋯」 「フェリ宛ての手紙を叔父上に頼んだ。今頃は馬車の中で読んでいることだろう」  私はヴァンテルの首にするりと手を回した。 「『想う者がおりますので、お気持ちだけ頂戴します』と、ちゃんと書いたぞ」  ぴくりとヴァンテルの肩が揺れる。 「賢い子だ。この先色々なことを学んで、たくさんの人に出会うだろう。遠い国の従兄弟のことなど、すぐに忘れる」  ヴァンテルは眉間に皺を寄せたまま、黙り込んでいる。 「クリスは最近、心配性だと思う」  いきなり睨みつけられた上に、軽く唇を噛まれる。抗議しようとしたら寝台に運ばれた。 「クリス! ちょっと!! まだ昼間だから!」 「どこぞの雛のおかげで、ずっと我慢させられていたんです。慰めてください」 「⋯⋯え? ええっ! んッ」  口づけられ、舌を絡められて、あっという間に力が抜けていく。 「今日の仕事がまだ終わっていない!」 「明日でいいことは、今日なさらなくても平気です」  ⋯⋯なんだか話が違う!   そう言おうとしたのに、体はもう自分の言うことを聞かなかった。  スヴェラに向かう馬車の中で、王子は手紙を読んでいた。読み進めるほどに元気がなくなっていく。 「其方、幾つになる? フェリクス」 「13です、父上」 「⋯⋯では、5年後は18だな」 「はい」 「アルベルト殿下は其方より9歳上だ。5年後は27」 「⋯⋯はい」  しょげ返る我が子に、父はふと、晴れやかな笑顔を見せた。  ──案外、悪くないかもしれない。 「いつも母上が言っておられるだろう。欲しいものがあったら、自分の手で掴み取れと。其方は我等の子だ。これから、さぞ頼もしく育つに違いない。まだ諦めるのは早い」  王子は、ぱちぱちと瞳を瞬いた。 「雛は雛でも、スヴェラの雛は猛禽の子だ。この先、二つの国が一つになるのも面白い」  窓の外には、遠ざかる凍宮が宝石のように美しく輝いている。  あどけない王子の瞳に、ぎらりと貪欲な輝きが現れた。王配は長いこと傍らで見てきた女王の血を感じる。 「それに私も、可愛い小鳥にはやはり近くに居てほしいからな」  美しいスヴェラの王配はにっこりと微笑む。その瞳は、大事に手紙をしまう我が子を優しく見つめていた。

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