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番外編:冬 真冬の使者 1

   美しい水鳥の羽を、恋人からもらったことがある。  白い羽の先に細かい光沢があり、光にかざすと様々に色が変わる。 『真冬の使者』と呼ばれる、冬の訪れを告げる鳥の羽だ。  光の欠片(かけら)を集めたようで、私は文箱に入れて今も大事に持っている。  時々箱から出して羽を眺めていることを、彼は知っていたのだろうか。  秋が駆け足で通りすぎ、雪がちらついた日。  クリストフ・ヴァンテルは言った。 「アルベルト様、湖を見に行きませんか?」 「湖?」 「ええ、守り木の村にある湖を、また見に行きたいと仰っていたでしょう? 『真冬の使者』たちが訪れるには早いですが、湖に来る鳥は他にもいます」  そういえば、ロフやブレンにいつかまた湖を見に行きたいと言ったままだ。あれからずいぶん月日が経ってしまった。 「今年は凍宮に来客が多くて、なかなかゆっくりできませんでした。それに、アルベルト様は冬に弱い。真冬に湖を見に行くのは辛いのではありませんか?」  ヴァンテルの言う通りだった。  守り木の村からは、定期的に『裁き』の蜜が運ばれてくる。蜜のおかげで私の体は健康な状態を保っていられるが、季節の変わり目と冬の寒さには弱かった。特に冬は、毎年熱を出している。  輝く羽を持つ鳥たちが舞い飛ぶ湖は、今も目に焼き付いている。例え鳥たちがいなくても、静かな森と美しい湖をもう一度見たかった。 「うん、行きたい。真冬になる前に湖を見られたら嬉しい」 「ならば、ご一緒に参りましょう。それに珍しいものが近くにあります」 「珍しいもの?」 「はい。病の体を癒し、万人に力を与えると言われています」  微笑むヴァンテルは、それ以上は教えてくれなかった。  ヴァンテル公爵家の居城に宿泊することが決まり、旅程が組まれた。真冬に旅をするのと違って、雪も氷もない道は快調に馬車が進む。  守り木の村に着くと、ロフとブレンが村人たちと共に出迎えてくれた。 「アルベルト殿下! ようこそお越しくださいました」 「ブレン! ロフ!!」  今はロフが守り木の村の村長になり、ブレンが補佐役となっている。  壊れかけていた家々は建てなおされ、遠目に畑や家畜の姿も見えた。  空からは、群れを成す水鳥たちが次々に湖に舞い降りる。鳥を追って走る幼子の姿も見えた。 「誰もいなかった村が⋯⋯」 「少しずつですが住人が増え、子どもたちも育っています。ここから公爵閣下の城で働く者もおりますし、村でとれたものは凍宮で使っていただいています」 「⋯⋯守り木の村は、息を吹き返したんだな」  ロフとブレンが嬉しそうに頷く。 「⋯⋯ありがとう」  私は涙を堪えるのに必死だった。  決して簡単な道のりではなかったはずだ。  希少な蜂である『裁き』を増やし、何年もかけて自分たちの村を作る。そこには、どれだけの苦労があったことだろう。  ウォン、と鳴き声が聞こえた。  二人の少年が、それぞれに犬を伴って現れた。 「⋯⋯ガイロ、ミーナ」  ふさふさとした毛並みの犬たちは、すっかり年をとっていた。  大きな体は少し痩せ、毛並みも以前より薄くなっている。それでも温かな丸い瞳は変わらない。  記憶の中の優しい犬たちが、ゆっくりと私に向かって歩いてくる。二匹は少年たちが立ち止まるのに合わせて歩みを止めた。  私はしゃがんで、犬たちに視線を合わせた。  二匹の尻尾が揺れる。 「⋯⋯私を、覚えているか?」  犬たちは少年たちが頷くのを見て、私の元に走ってきた。  大きな舌がべろべろと私の頬を舐める。私は変わらず温かい犬たちの体を抱きしめた。目の奥が熱くなって、涙が零れる。  少年たちが驚いて犬を引き離そうとするのを、ヴァンテルが止めてくれた。私はまるで子どものように泣き続けた。

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