144 / 152

真冬の使者 2

   守り木の村で過ごした後に、公爵家の居城に泊まった。  翌日、朝食の席でヴァンテルが楽しそうに笑う。 「珍しいものをお見せしますよ、アルベルト様。早速、参りましょう。」  馬車で山道を揺られながら、ヴァンテルは隣に座る私にぴたりと張りついていた。こんなに機嫌のいいヴァンテルを見るのは久しぶりで驚く。  目が合えばすぐに口づけてきて、手はずっと握られたままだ。 「⋯⋯クリス」 「何です?」 「⋯⋯いや、何でもない」  飽きないのか?と聞こうと思ったが、うんと言われたら困るのはこちらだ。  頭の上で、小さな笑い声が聞こえた。 「⋯⋯飽きるわけがないでしょう」 「えっ?」 「何度でも、惚れ直します」  胸がぎゅっと痛くなって、頬が熱くなる。  嬉しいと言おうと思ったのに、優しい口づけの中に言葉は消えてしまった。  馬車が止まり、白い息を吐きながら外に出た。 「珍しいものって⋯⋯これ?」  私は驚きを隠すことが出来なかった。  目の前に広がっているものを見て、息を呑んだ。 「病の体を癒し、万人に力を⋯⋯って言うから、てっきり」 「食べ物だとでもお思いでしたか?」 「うん。蜜のようなものかと思っていた」  ヴァンテルが満足そうな微笑を浮かべる。 「上流に源泉があります。下流になるにつれ温度が下がりますが、ここは人肌に心地よく感じる温度です」  私とヴァンテルの前に流れているのは、川にしか見えない。しかし、水からは湯気が出ているし、触れれば温かいのだ。  見上げれば岩山の表面から幾筋も湯が伝い落ちて、あちこちの窪みに溜まっている。そこから溢れた水が、さらに下って川になる。 「神の水、と呼ばれています。この湯に浸かれば万病が治るとも」 「知らなかった⋯⋯」 「公爵家の直轄地ですので、近寄る者はいません。子どもの時に知りましたが特に興味もなかったので、長らく忘れていました」  ヴァンテルの興味は引かなかったかもしれないが、私には面白かった。  湯が流れていく川があるなんて思ったこともない。近づいて触れれば、温かくて気持ちがいい。  何度も手を浸している私を見て、ヴァンテルが言った。 「⋯⋯入ってみますか?」 「えっ」 「殿下の御体もきっと、癒してくれるはずです」  見惚れるほどに美しい笑顔がそこにあった。

ともだちにシェアしよう!