150 / 152

王子の休養 2

   ……クリス?  私はぼうっとした頭のまま、瞳を瞬いた。あれは本物だろうか?  勢いよく扉を開けた男は、静かに寝台まで歩を進め、ぴたりと足を止めた。しんと深い真冬の湖のような青い瞳がじっと私を見る。  厚手の外套を身につけたまま、髪にも肩にも雪がついている。吹雪の中を走って来たのだろうか。手を伸ばすと、ヴァンテルが急いで自分の手から手袋を取った。  大きな手が私の差し出した手を握りしめる。氷のように冷たく感じるのは、熱のせいだけではない。外はどれほど寒かったことだろう。 「……熱を出されたと伺いました。具合はいかがですか?」 「そんなに高くないんだ。久々に熱を出したから、皆が驚いただけで……。いつ戻って来た?」 「たった今です」  ヴァンテルは枕元に顔を寄せた。握りしめた私の手の指先に口づけながら、銀色の睫毛が震える。 「お会いしたかった……。アルベルト様」  真冬の寒さが和らぎ始めた頃、ヴァンテルはしばらく凍宮を留守にすると言った。  領地を見回ってきます、冬の間にどうしても様子を確認したい土地があるのです。そう言いながら優しく口づける恋人に、ひどく寂しい気持ちになった。  項垂れた私の顔を見て、ヴァンテルは慰めるように続けた。長くはかかりませんのでご安心を、春までには戻ります、と。ならば、無事に戻るよう祈りながら待つしかない。北の大地に来てから何度も春を迎えたけれど、こんなに待ち遠しいのは初めてだと思いながら。  私は凍宮に閉じこもった。宮中伯たちからの様々な書面に、日々目を通して過ごす。王族の名が必要な書類は何時でも送るようにとエーリヒたちには言ってあった。送られてくるものは彼らが片付けねばならぬものの、ほんの一部だろう。そう思うと、宮中伯たちの苦労が偲ばれた。  フロイデンからの届け物は多いけれど、肝心のヴァンテルからのものはない。  いつ帰るのか、早く戻るはずではなかったのか。心の中でこっそりとヴァンテルを(なじ)っても、答えはない。  あれから二か月が経っていた。 「……もっと早く戻れば、よかったのに」  思わず漏らしてしまった言葉に、ヴァンテルの形のいい眉が下がる。 「遅くなって申し訳ありません。怒っていらっしゃいますか?」  そんなことはない、と言うつもりだった。それでも、一度溢れた心は止まることを知らない。 「怒ってなどいない。……長すぎると思っただけだ」 「アルベルト様」 「お前が言うから、ずっと、春を待っていた」  そうだ、ずっとお前が帰る春を待っていたんだ。帰ってきたら、一番に嬉しいと伝えようと思っていたのに。どうして責めるような言葉を口にしているのか。  ヴァンテルの力が緩んだところで、握られていた手を離した。上掛けを顔の前まで引き寄せる。これでは本当に子どものようだと思うけれど、顔を見たままではたくさんの恨み言を言ってしまいそうだった。 「……アルベルト様。どうか、お顔を見せてはいただけませんか」 「嫌だ」 「では、勝手に見てもいいですか?」  黙っていると、上掛けごと体をぎゅっと抱きしめられた。自分を抱きしめる腕の力が強くなる。

ともだちにシェアしよう!