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番外編 王子の休養 1

   厚い硝子が(はま)った窓がカタカタと揺れている。北の果ての宮殿に、轟轟(ごうごう)と風が吹きつける。  窓掛を脇に寄せてもらい、外の景色を見ようとしても何も見えなかった。硝子に氷の粒が吹き付けて、次第に白一色に染まっていく。  人々は春の訪れを心待ちにしていたというのに、北の大地には名残の雪が降り積もる。 「いつもなら、もう雪は降らないだろう?」 「たまにはこんな年もありますよ。殿下がお休みになるには、ちょうどよろしいかと存じます」  侍従のレビンの言葉に、私は小さくため息をついた。  最近は風邪一つひかなくなったと喜んでいたのに、朝からどうも頬が熱かった。昼過ぎには寒気を感じるようになり、少しだけと思って横になれば、もう起き上がることが出来ない。レビンはすぐに侍医を呼び、私を寝台に押し込んだ。 「熱が下がるまでは、お体を休めるのが一番のお仕事です」  そう言われては返す言葉もない。このところずっと書類ばかり読んでいた私が、レビンは心配で仕方がないのだろう。確かに少し無理をしていたかもしれない。  うとうとと微睡(まどろ)みながら、ここ数年のことを思い出す。  王都フロイデンが地震に襲われ壊滅的な被害を受けた後、ロサーナは多大な問題を抱えていた。王宮の倒壊と共に国王は最期を迎え、貴族や民も犠牲になった。復興には多くの時間を要し、王位を継ぐべき王族もわずかしか残っていない。亡きエルンスト陛下の息子であるエーリヒに即位を打診したものの、頑として受け入れられなかった。  宰相や宮中伯を中心に、ロサーナが少しずつ前に進み始めた頃。エーリヒは、トベルクと共に再び凍宮を訪れた。 「親愛なるアルベルト殿下、ここに全宮中伯の署名の入った嘆願書をお持ち致しました」  エーリヒの言葉に、後ろに控えたトベルクが一枚の書状を捧げ持つ。それは、私の中に苦い記憶を思い出させた。遠い日に突き付けられた一枚の書状こそが、私をこの最果ての地へと送り出したのだから。 「どうか新たなるロサーナの太陽となり、我等と数多(あまた)の民をお導きいただきますように」  エーリヒとトベルクは私の前で深く(ひざまず)き、頭を垂れた。  宮中伯たちの嘆願を予想していなかったわけではない。ロサーナの直系の王族男子は、もはや私しかいないのだ。ただ、自分に王位を継ぐような能力があるのかと問えば、簡単に答えが出るわけもなかった。私が黙り込むと、傍らのヴァンテルは思いもよらぬ行動に出た。  ヴァンテルはトベルクの持っていた嘆願書を掴みとり、さっと目を通すと、二人の目の前で破り捨てたのだ。一瞬の間の後、その場は目も当てられないほどの騒ぎになった。ヴァンテルとエーリヒたちは揉めに揉めたけれど、それも少し前の話だ。 「……我ながら、熱を出すとろくなことを思い出さないな」  眠ろうとしても何だかうまく眠れそうになかった。目を通さなければならない書類は山積みのままだ。このままでは宮中伯たちの審議が滞ってしまう……。    廊下を慌ただしく走る音がする。  「アルベルト様!」  部屋に飛び込んできたのは、流れる銀色の髪に白皙の美貌を持った公爵だった。

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