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第6話(R18)

 ルペルカーリア祭の最大の見どころである、人馬競走が始まっていた。  十八頭の選ばれし人馬たちが、地響きを轟かせながら競技場を駆け抜けていく。  歓声はアルデバラン中に響き渡り、観客たちはそれぞれが応援する人馬に向けて声援を送る。  最速の人馬誕生の瞬間を、皆が興奮して待ち構えていた。 「な、なんだあの人馬!」  十八頭の人馬の後方から、一頭の人馬が豪速で追いかけていく。出場するとは発表されていなかった十九頭目の人馬の登場に観客からは疑問の声が上がった。  真っ白な馬体に金色の髪のルキウスが軽やかに地を駆ける剛脚を披露する。そして何よりも、その背に真っ白なトーガを着た人間のカナタを乗せていることに人々は驚いた。  人馬の背に乗ることを許されているのは神だけである。人馬の背に人が乗っている様を見たことがある者は誰もいなかった。 「すごいっ男の人が人馬に乗っているよ。格好いい!」  幼い子は見たことのない光景に喜んだ。 「黒衣ちゃん、振り落とされるなよ」  ルキウスが前へと上半身を傾ける。カナタは慌ててルキウスの人間の背にしがみついた。  カナタを人馬の背に乗せて、試合中の人馬たちを次々に抜かしていく。  ルペルカーリア祭という大舞台をカナタはルキウスと共に駆けていた。  カナタの纏った真っ白なトーガが豪快になびいた。ヤンツがカナタのために織ってくれたトーガだった。高貴な身分の者でしか着用することができない真新しいトーガは庶民のカナタには肌触りが良すぎて気恥ずかしい。  風景がものすごい勢いで前から後ろへと流れていく。目を開けているのも難しい。  それでも懸命にカナタは振り落とされないようにルキウスにしがみつき、走るルキウスの邪魔にならないように弾む身体に合わせて自分の身体を上下させる。呼吸を合わせる。風を切る触覚、声援を受ける聴覚、ルキウスと共に感じている。まるで、ルキウスと同化したかのような気持ちになった。人馬一体になった瞬間であった。  ルキウスの背は広く力強く、頼もしい。カナタに勇気を与えてくれる。  ずっと、人馬の背に乗り大地を駆けるのが夢だった。どんな景色が広がっているのだろうと夢想していた。  夢だった景色が、今目の前に広がっていた。  今、この時を味わうために生きてきたのかもしれない。ひたすらに心が洗われていく心地よさに自然と涙が出る。  ルキウスは十八頭の人馬を全て追い抜き、最速で決着点である白旗の元へと駆け込んだ。  試合に突然割り込んできた人馬が一着となったことに競技場内は驚きのあまりしんと静まり返り、やがて人を背に乗せて十八頭を抜いたルキウスを称賛する歓声と、試合に割り込んできたことに抗議する不満の声に包まれた。  ルキウスはカナタを背に乗せたまま、女神像の前にある表彰台へと上った。 「アルデバランの民よ。我はルキウス・アウレス・ルペカリーア。失われし人馬帝国アルデバランの王位継承者である。人馬を迫害する教会に対し、我々の自由と権利を主張する。人間も人馬も等しい命。我々人馬は人間と共存していくことを望むものである」  ルキウスの宣誓に、アルデバランの民たちは狼狽し、教会関係者は慌てふためいた。人馬たちは膝をつき、忠誠の意を示す。  カナタは人馬が人間に対し敵意のないことを示すために王子であるルキウスの背に乗せられていた。ヤンツ曰く、人間を背に乗せることで神と同等の扱いをし、人間への友好と敬意を主張するという。  ルキウスはカナタを降ろし、その肩を大観衆の前で抱き寄せた。  人生で一番緊張した。ただの世話係風情が人馬と人間の友好の懸け橋という大役を任せられるなんておかしいだろう。  人馬たちがルキウスを称える声を上げる。  見上げれば、ルキウスの精悍な顔つきがあった。美しく気品に溢れ、頼もしい顔立ちに、こんな時だというのに、ああ、好きだなという感想が浮かぶ。  時代が動こうとしている。歴史的瞬間に、立ち会っているのだ。  何とも言い難い感動に胸が詰まる。  カナタはルキウスの手を握り、アルデバランの全ての生き物の幸福を祈った。    ◆  ルキウスの乱入という騒動があったが、教会の働きかけのおかげで暴動が起きることもなくルペルカーリア祭は終了した。  教会とルキウス代表の人馬たちは後日公式な話し合いの場を持つことに合意した。  人馬競走が終わると、夜は慰労会がある。競走人馬たちは競技場に併設された神殿で、ご馳走に舌つづみを打ち、人馬同士で懇親を深める。  カナタは教会関係者に事情聴取を受け、解放されると神殿の中庭へと赴いた。夏の終わりの薔薇やブーゲンビリアが咲き、ツタの葉は真っ赤に染まっている。  中庭に人影はない。東屋の石柱に寄りかかり、ひとりになってようやく一息つくことができた。 「黒衣ちゃん」  どこから付いて来たのか、ルキウスが顔を見せる。 「ルキウス……様」 「やめてよ、黒衣ちゃんまで」  ずっと世話をしてきたというのにカナタは全くルキウスの正体を知らなかった。あの地下闘技場を出てから、多くの人馬がルキウスを囲み敬っていた。近付くことも出来ず、寂しかった。  ルキウスは自分の馬房にいるかのように、東屋に寝そべった。おいでと招かれて、ルキウスの馬の腹の隣にしゃがむ。するとルキウスの腕に背中から抱き込まれた。 「ようやく黒衣ちゃんをぎゅってできた」  安堵と疲労が混じった声音に、ルキウスもカナタと同じく寂しく思っていてくれたのだろうかと、考えてしまう。 「真っ白なトーガ、よく似合ってる」 「ありがとう。ヤンツが織ってくれた生地はすごく肌触りがいい。もう黒衣じゃないだろ」 「いっつも服が汚れていることも気にしないで俺のために走り回っている黒衣ちゃんが好きなんだけどな。みすぼらしいところが、たまらない」  にやにやしているルキウスには何をされるか分からず、警戒心が発動してしまう。 「……ルキウスは感性が歪んでる」 「黒衣は黒衣ちゃんが一生懸命に仕事してるって証拠だよ。ふふ、もう黒衣ちゃんて呼べないね……カナタ」  ルキウスが愛おしそうに呼んでくれると、呼ばれ慣れたはずの名前が色鮮やかな響きを持ってカナタの耳をくすぐった。  名前を呼ばれるだけでこんなにも恥ずかしくて、嬉しい。  ルキウスに悟られたくなくて、ごまかすようにカナタは疑問を口にした。 「な、なあ。ルキウスは地下闘技場の見世物のこと、知っていたのか?」 「ああ、一部の悪徳神父たちが秘密裏に賭け事の催しをするって噂を聞きつけた牡人馬たちに、どうにか止められないかと相談を受けていたんだよ。俺はただの競走人馬だから何もできないって断ったのに」 「……でも見過ごせなかったんだろ」  ルキウスは鼻で笑った。王子であっても、教会に地位を奪われ競走人馬になったルキウスは自分に大それたことができる力はないと本当に思っていたのだろう。滅んだはずの人馬帝国の王子が公に何かをなせば、様々な思惑の人馬や人間がルキウスを利用しようとする。  それでも不幸になる同胞の人馬がいれば、身分的に、何より心情的に見捨てることはできない。  怠け者ぶっても悪者にはなりきれないルキウスを抱きしめたくなる。 「誰かが犠牲になるって分かってたからね。繁殖のためならまだしも、人間を楽しませるために種付けをするなんて、牡人馬も牝人馬も傷付くに決まっている。催しを阻止できる好機があるのか予測はつかなかったけれど、俺が本物のルペルカーリア祭に出られなければ、焦ったデキムスが裏の祭りに飛びつく可能性はあると思った。無理やりに発情させられるって分かっていたから、だから牡人馬が発情して暴れた時のために鎮静剤を用意することにしたんだ」 「……それって」  ルキウスは先月から何度も発情し、その度にカナタは発情鎮静剤の投与をデキムスに訴願してきた。 「もしかして、ルキウスの発情は芝居だったのか」 「そう。牝人馬がいないのにあんなに頻繁に発情したりしないって。俺は元々発情しづらい体質だし」 「なんだよっ、俺は本気で心配して……っ」  ルキウスが倒れる度に走り回りデキムスと交渉を重ねた苦労が思い出され、ルキウスの胸を叩いて抗議した。  ルキウスとヤンツはデキムス邸に出入りしていた医師の弱みを握り軽く脅して、鎮静剤を入手していたという。 「あの時も……芝居だったのか」  ルキウスの発情を治めようと、カナタは決死の覚悟で一肌脱いだのだ。発情が芝居だったというのならば、カナタの覚悟は全て馬鹿げた立ち回りだったということになる。  人馬の本当の健康状態も感知できていなかった自分の不甲斐なさと、しなくてもいいことを自分の使命だと思い込んでいた恥ずかしさにカナタは顔から火が出そうだった。  ルキウスは慌てて甲高い声で説明した。 「ああ、あの時はっ最初は芝居のつもりだったんだけど、勢い余って頭を打ってから制御がきかなくなって、発熱して判断能力が低下して……ああ、全部言い訳だ。ごめんなさい」  カナタを欺いていたという自覚はあるのか、巨体を縮こませてルキウスは力なく謝った。 「カナタが人馬の俺に触れてくれたのが嬉しくて。俺の手の中で喉を鳴らして喘ぐ姿が可愛くて。理性はぐずぐずに溶けて、俺はカナタのせいで本当に発情したんだ」  顎を掴まれ、ぐいと上向きにされる。油断し半開きになった口にルキウスの口が覆いかぶさった。すぐに離れた顔は朱色に染まっていた。カナタの顔も耳まで熟れた果実のように赤くなる。ルキウスは眉根を寄せ、胸を詰まらせていた。 「カナタのことが好き」  二度目の告白は一度目のような勢いはなく、どこか諦めが漂っていた。カナタに一度断られているという事実が、ルキウスから自信を無くさせていた。人間であり世話係であるカナタが簡単にルキウスを受け入れられない事情も重々承知しているのだろう。  人馬の権利を宣言した際にカナタを巻き込んだ。これ以上カナタと近付けば、王子のルキウスが気に食わない連中の攻撃をカナタが受けることになるかもしれない。  人馬と人間。お互いに深入りしないことが、危機を回避する最善策だ。  それでも諦めきれない。 「傍にいたい。誰かにカナタを獲られるのは嫌だ。人間の女の子と付き合って欲しくないし、他の人馬の世話係になんてなって欲しくない」  未練が我儘になってカナタを引き留めようとする。 「ね、闘技場で言ってくれたよね。俺が他の人と種付けするのは嫌だって。それって、それってそれって」 「それは」 「待って。ちゃんと考えてね。俺、もう一度黒衣ちゃんに振られたら、立ち直れない。黒衣ちゃんの返答は屈強人馬でありさらに王子様でもある俺の息の根を止める最強凶器だからね。俺を殺したら人間と人馬間で戦争勃発もあり得るから、そこのところよく考えて……」 「好きだよ」  カナタを逃したくなくて、雁字搦めにしようとあれこれ理由を並べるルキウスを、たった一言で黙らせた。  ルキウスは呼吸が止め、やがて瞬きを忘れた宝石のような瞳からぽろぽろと涙を零した。 「泣くなよ、王子様」  走る姿は美しく、逞しい。アルデバラン中の民に向け、人馬の権利のために高らかに宣誓を上げた人格者でもある。  でもカナタの前ではいつだって我儘で甘えたがりだ。カナタを想い、想われたいと願っている。ひとりの男にすぎない。  この世界で唯一カナタだけがルキウスを喜ばせることも悲しませることもできると思うと、ルキウスが可愛くて仕方がない。  もっと甘やかしたい。 「黒衣ちゃん……っ」  端正な顔立ちが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになる。格好悪いなと思いながら、カナタはルキウスの背に腕を回して、引き寄せた。  首を前に伸ばし、下から覗き込むようなかたちでルキウスの肉厚な唇へ口付ける。発達した筋肉と乾燥した肌からは想像できない、柔らかな唇の感触にため息が漏れた。  啄むように口付けを繰り返す。先ほどは強引に唇を奪ったくせに、ルキウスは固まったまま、カナタになされるがままだ。 「キス、しないのか」  薄く目を開けて掠れる声で呟くと、ルキウスは覚醒したのか、大きな口でカナタのそれを塞いだ。ぬるんとした舌で口の外側と内側を舐められる。 「ん……」 「黒衣ちゃんの、甘い……蜂蜜みたい」  涙を拭ってやると、惚けたように呟いた。 「みたいじゃない。蜂蜜塗っている、もう血の味の口付けは嫌だろ」 「え。俺とキスする時に流血しないように蜂蜜塗ってたの」 「……」  図星を突かれて、カナタは沈黙する。確かにルキウスは突拍子もないから、いつ再び接吻されるか分からないと考えていた。その思考回路はまるでルキウスからの接吻を待っていたようじゃないか。  ルキウスはカナタの腰に腕を回して抱き上げた。今度は下からルキウスが覗き込んでくる。 「ずっと俺のこと意識してたの」 「うるさい悪いかよ……」 「嬉しい」  にやけたルキウスの顔がうざったい。 「黒衣ちゃんなら血の味でも何でも全部味わうよ」  再び噛みつかれ、容赦なく舐められる。 「んんっ」  経験のないカナタは性急な口付けに付いていくのも精一杯だ。息が上がると、ルキウスは口付けを唇から、頬、耳へと範囲を広げてきた。 「あっ……」  顔中の皮膚を舐め上げられて、ぞくぞくした快感が背筋を駆け巡る。  ルキウスは抱擁を強め、カナタの下半身との密着度を高めた。  もうすでにカナタの性器は反応をし始めている。 「待って……」  ルキウスの手がカナタの身体を撫で回してくるのを、やんわりと静止する。 「服を汚したくない」 「トーガ姿の黒衣ちゃんも俺の手で汚したいなあ」 「ヤンツが俺のために作ってくれたトーガだぞ。汚したら許さない」  冷たく言い放つと諦めてくれたルキウスは素早くトーガの隙間から手を入れて引っ張る。着崩れてカナタの肩や鎖骨が露わになると口付けを落とした。身体の皮膚全てに唇を落とすつもりだろうか。トーガから足を抜くとカナタの抜け殻になったそれに顔を埋めて匂いを嗅ぐ。 「やめろよ」 「興奮する。発情してきた」  そう言ったルキウスはあの夜に見た熱に浮かされた瞳をしていた。  トーガを東屋の手すりに引っ掛けて、下着を脱ぎ捨てカナタはあっという間に全裸になった。秋の夜風や石の感触が冷たいけれども、身体の奥は燃えるように熱い。早く、ルキウスに触れたくて仕方がない。  ルキウスの腰布を外してやると、人間よりよほど大きなペニスが天に向かって勃ち上がっていた。  あの夜、舐め上げたことを思い出して、カナタは息を呑み口内に唾液を溜めてしまう。  前回は互いの性器をいじって果てた。それだけでも人馬のことを性的対象として意識していたカナタにとっては大事件だった。  カナタの薄い身体をルキウスの大きな手が這っていく。胸の小さな飾りを両方きゅっと摘ままれて、甘い痺れに襲われた。  身体の部位全て、丁寧に口付けていくルキウスからは、カナタとひとつになりたいという欲を感じる。性的な欲求だけではない、愛を持って触れてくれていることが伝わってくる。  不意に本当にこれでいいのかと理性が頭の隅を掠める。人間として、世話係として、人馬ルキウスと一線を越えてしまっていいのか。これまでの自分を形成してきた価値観を簡単に捨てられない。 「カナタ……」  カナタの思考を見透かしているのか、ルキウスが不安そうに呟き、持ち上げた手の甲へと優しく口付けた。  ルキウスのことが好きで、ルキウスもカナタを好いてくれている。恋愛は自分の気持ちだけでは成立しない。相手にも自分を好きになってもらわなければならない。人間同士でだって、両想いになることは簡単ではない。  人馬のルキウスが人間のカナタのことを好きになってくれた。それだけで奇跡だ。 「カナタと最後までしたい。カナタのこと抱きたい」 「うん……俺もルキウスとひとつになりたい」  求められていることが嬉しい。  迷いを捨て、カナタはルキウスにキスを返す。  ルキウスはカナタを後ろに向かせて、東屋の手すりに手をつかせた。尻をルキウスに突き出す姿勢をさせられ、羞恥に身悶える。 「あっうあ……ぁつ」  跪いたルキウスが閉じた窄まりに舌を這わせる。突如、身体の中にルキウスを感じ、カナタは動転した。  ぴちゃぴちゃと卑猥な音が静かな中庭に響いている気がして、恥ずかしくて頭を振った。  ルキウスはカナタが持っていた蜂蜜をたっぷりと指で掬い、そこへと差し込んだ。 「やっ……うそっ」  ルキウスの太い指が奥へ差し込まれ、出て行く動作を繰り返す。  潤滑油にされてしまい、唇に塗っていたこともあり、今後蜂蜜を食用として見られなくなりそうだ。 「ああぁっ、やあ……っ」  身体の奥を暴かれる。体験したことのない未知の感覚に恐怖を抱く。  膝に力が入らなくなり、崩れそうになるとルキウスが支えてくれた。 「慣らさないと、俺のは入らないから我慢して」 「……んっ」  ルキウスに諭され、あの大きなものを受け入れるのだとカナタは自身を奮い立たせた。  偉い偉いと、ルキウスはカナタの腰を撫でてくれる。世話係なのに、人馬に褒められ撫でられて、まるでいつもと立場が逆だ。  挿入された指の本数が増え、中をかき乱し始めた。 「ひゃうっっああっ」  気持ちがいいところを捏ねられて、あられもない声を上げてしまう。  背をしならせ夜空に向かって飛び跳ねるカナタに、ルキウスは覆いかぶさり、猛った性器を突き入れた。野生の獣の交尾と同じように番った。 「ああぁああああっ」  灼熱の杭で打ち付けられたようだった。身体中が軋んで悲鳴を上げる。 「くうっ……カナタ……」  同時に背中からルキウスに抱きしめられる。肩口に感じる熱い吐息と苦しそうな呻きに、ルキウスもつらいのだと分かる。  人間と人馬、身体の大きさが違う。カナタは男で男性器を受け入れるようにはできていない。何もかもが歪で、この恋愛はおかしいのだと思い知らされる。  でも、やめるという選択肢は浮かばない。  乱れたふたりの呼吸が、自然と合わさっていくまで、ルキウスとカナタはじっと重なり合っていた。  苦しいのに、痛いのに、胸の中は切なさと幸福とでいっぱいだ。人間だから人馬だからという種族の違いは関係ない。  夢中になれるのは、こんな感情を与えてくれるのは、ルキウスだけだ。 「……ルキウスが好き」 「カナタ……好き、好き」  ルキウスは前脚を踏ん張り、律動を再開する。逞しい腰が力強く動き出す。カナタの熟れた中を容赦なく突き進み、カナタ自身も知らない敏感な場所を硬くなった亀頭で抉った。 「ひやぁっーっ、あっ、あっ、だめだ。まだそんな」  大きなそれはまだ全部入り切れていなかったらしい。  信じられないほど奥にまでルキウスを感じて、カナタはおかしくなりそうだった。悦楽に思考を溶かされていく。 「壊れるぅ」  ぽろぽろと生理的な涙が流れる。ルキウスはカナタの涙を指で拭い、舐めた。 「大丈夫。気持ちいいでしょう? 俺の種付けは金貨四百枚だよ。楽しんで、俺だけ感じて」 「よんひゃく……?」  知性が削がれた庶民のカナタは素直に金貨四百枚の体験ならば堪能しなければ勿体無いと思ってしまう。  番った箇所に意識を集中し、深呼吸する。肺の中までルキウスの香りに浸食された。  ルキウスはゆっくりと、カナタのなかを優しく捏ねた。  じんじんする痛みにのって快感が生じ、やがて支配していく。 「ああっん……」  力が抜けて、気付けばカナタはルキウスを助けるかのように自ら腰を動かしていた。官能に濡れた喘ぎが止まらずに漏れてしまう。 「そう、上手……あは、やっぱり黒衣ちゃん、最高に色っぽいね」 「んっんっ、もっと……こねて、ぐちゃぐちゃにして。金貨四百枚分、俺の中に出して」  カナタの煽情的な言葉はルキウスの目の色を変えさせた。  ルキウスはカナタの足を抱きかかえ、叩きつけるように身体を重ねる。皮膚と皮膚のぶつかり合う音が生々しい。ルキウスの白毛が尻に押し付けられ、自分を抱いているのは人間ではないことを思い知る。  カナタは言葉に出来ない嬌声を上げ、達した。  次いで身体の中が濡れていく感覚に襲われ、ルキウスが射精したことを知る。 「ありがと……」  涙をためたルキウスに後ろから抱きしめられ、髪と頬を撫でられた。ルキウスの歓喜が伝わってきて、剥き出しになった心を揺さぶられたような感動に包まれる。ルキウスを好きになったことを、この先きっと後悔することはないと確信した。  足音がする。規則的なような不規則のような、四脚が地面を蹴る音だ。  カナタが目蓋を上げると、肩にはトーガが掛けられていた。  東の空が薄っすらと橙色に変色している。夜明けが近かった。  ルキウスが中庭を駆けていた。バラの花びらがひらりと散る。  目覚めた時にルキウスの体温を感じられないのは寂しいが、感情が高ぶって走らずにはいられないのは、人馬らしかった。  起き上がったカナタに気付くと、東屋へと駆けて来る。  前脚で地面を引っ掻いて、甘える仕草を見せる。 「黒衣ちゃん。聞いて。俺は人馬帝国最後の王位継承者としてひっそりと一生を終えるつもりだったんだ」  ルキウスの生と共に、人馬帝国の存在も歴史から消え失せるはずだった。 「俺は人馬だけど、人間のカナタと生きていきたい。今のアルデバランは俺たちの関係を良く思わない人ばかりだと思う。だったら、変えてやる。この血の宿命から逃れられないのならば、俺は利用して人馬と人間が共に手を取り合って生きられる国を作る」  差し出された手を取ると、引っ張られ膝の後ろに腕を通して簡単に抱き上げられてしまう。  カナタを抱き上げたまま、ルキウスは朝日に向かって飛び上がるように駆けた。  それはそれは楽しそうに。 「カナタと愛し合うことを誰にも邪魔させない。人馬にも人間にも祝福される一対の存在になろう」  カナタと添い遂げるために、立場すらも利用して世界を作り変えてみせるというルキウスの壮大な話に眩暈がする。一介の世話係に過ぎないカナタには立ちはだかる難題すらも予想ができない。 「めちゃくちゃだな……でも」  今はまだおとぎ話のような不確かさでも、ルキウスの描く未来は希望に満ちていた。  ルキウスが作る、人間と人馬が対等な国はきっと誰もが幸せになれるだろう。 「素敵な夢だ」  ルキウスの首に腕を巻き付け、カナタは愛に満ちた笑みを浮かべる。ルキウスはカナタの反応に安堵した表情を見せた。  駆けた道には蹄の跡が残る。ずっとルキウスの作った蹄跡を追いかけるのがカナタの役目だと思っていたけれど、これからはふたりで蹄跡を刻んでいくのだ。  アルデバランに日が昇る。  朝日が照らし出す未来は(ルクス)が満ちていた。

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