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第1章 密命 01※

初恋は実らなかった。 その記憶はあまりにも残酷で、その闇は体中を侵食した。 僕はすべてを忘れた。 その人を愛したことも、愛を求めることの意味さえも。 いつか、こんな僕を愛してくれる人が現れたのなら、二度とない恋だと思ったのなら、もう何をされてもかまわない。 あの人に刻まれた傷が開いたとしても。 たとえ涙に溺れてしまっても。 ―BODY TALK― 月明かりに照らされたベッドを軋ませながら、僕たちは絡み合っていた。 いつもの、変わりない行為。 「亜矢(あや)っ……亜矢……」 耳元で僕の名前を呼ぶ声がする。 覆いかぶさる体越しに、真っ黄色の満月を見た。 明るすぎる。そう思い、ぎゅっと目を閉じる。瞼の内側には、大好きな……。 「亜矢、目開けろ」 「っや、です……」 衣擦れの音と卑猥な水音、そして二人の吐息が静かな空間に満ちる。 呼吸は乱れても、決して気持ちが良いというわけではない。 ――何故なら僕は。 ぼんやりと、小さな呻きを聞いた。 温かい息が耳にかかり、そこに唇が触れる。今日何度目かの言葉を、沙雪(さゆき)さんは濡れた声で囁いた。 「亜矢、好きだよ……」    * * * 情事後、シャワーを浴びた僕は、脱がされた服を再び身に纏った。 部屋に戻ると、沙雪さんはベッドの縁に腰掛けたまま、僕の方を真顔で見据えていた。 「帰るのか?泊まっていけばいいだろ。もう遅いんだから」 静かな問い掛けに「帰ります」とだけ答え、鞄を肩にかける。 「じゃあ、また」と玄関へ足を向けた瞬間「亜矢」と強く呼び止められた。 「お前……俺ので()ったことないよな」 背を向けたまま黙っていると、彼は躊躇いがちに訊ねた。 「気持ち良く、ないのか……?」 それを聞いて思わず乾いた笑いが漏れる。 「どうして、そんなことを聞くんですか? 俺は女と違うんですから、突っ込まれても何も感じませんよ」 振り向いてゆっくりと彼に近づく。奥二重の漆黒の瞳を覗き込むように見つめたあと、頬に軽くキスを落とした。 「俺は……沙雪さんが気持ち良いなら、それでいい」 うなじに手が回り、顔を引き寄せられ深く口づけをされる。酸素が足りないせいか、朦朧とする頭の片隅で、僕は帰ることしか考えていなかった。 早く結月(ゆづき)さんに会いたい。早く結月さんに抱かれたい……。 他の男と体を重ねる毎に、一層あの人を欲しがっていた。

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