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第2章 偽り 06
《perspective:沙雪》
講義が終わり、いつものように資料室に向かうと、宮白ではなく弥生がそこに居た。
「過去の設計資料、探しに来たんでしょ?手伝うよ」
弥生はそう言ってにこりと微笑んだ後、ファイルが並ぶ棚に視線を移した。
弥生の様子が普段と違った気がした。
警備員が学内を回り始めた頃、俺は弥生と一緒に資料室を出た。
「今日は来なかったね、宮白」
「ああ、そうだな……」
並んで歩きながら、ぼんやりと返事をする。
あいつに何か、あったのだろうか……。
「あ……」
研究棟の裏の小路に差し掛かった時、弥生が小さく声をあげた。
「どうかしたか?」
弥生の視線を辿ると、街灯が仄かに照らす暗がりの中に、宮白がぼうっと佇んでいた。
「宮、白?」
咄嗟に宮白の元へと駆け寄る。
「宮白! こんな時間に何して……」
肩を掴んで、こちらに向かせた瞬間、俺は言葉を詰まらせた。僅かな灯りによって見えた宮白の横顔に、キラリと光る涙の線があった。
「おい……どうした!?」
宮白は俺と弥生を一瞥して直ぐに視線を落とし、小さな声で「何でもないです」と言った。
「何でもないって……。だったら何で泣いてるんだよ」
「本当に、何でもないんです……」
俯く宮白の顔を眺めていると、ふとある事に気がついた。いつも左耳につけているピアスが無い。
「お前、ピアスどうしたんだ? あれ、大事なものだったんじゃないのか?もしかして失くしたのか……?」
そう問い掛けた途端、宮白は嗚咽を漏らし、肩を震わせた。
「宮白……」
声を押し殺して静かに涙を零す宮白の姿は、あまりにも儚く、いじらしく思えた。それと同時に、ギュッと胸が締め付けられるほどの愛おしさが込み上げてきて、そこに弥生が居ることも構わず、目の前の細い肩を抱き寄せた。
「大丈夫、きっと見つかる。俺も一緒に探すよ」
回した腕に精一杯力を込めて俺は言った。
「馬鹿、みたいだ」
背後から聞こえた声に、咄嗟に振り向く。
「こんなものの為に、そんなに必死になるなんて」
弥生が冷めた瞳で自身の掌を見たあと、ゆっくりと手を掲げた。指先に摘まれたそれは、紛れもなく宮白のスタッドピアスだった。腕の中で宮白が息を呑んだのが分かる。
「何でお前が持ってるんだよっ……! 今すぐ宮白に返せ」
厳しい口調でそう問い質すと、弥生は俺と目を合わせたままその手を下に向けた。掌から音も立てずにピアスが落ちる。
「何、やってっ――」
屈んでそれを拾い上げ弥生を見ると、呆れたような顔で見つめ返した。
「沙雪はいつも、宮白のことばかりだ」
溜息混じりの声が聞こえる。
「沙雪は変わった。そいつと一緒に居るようになってから……。
――隣りに居るのは、俺じゃ駄目だった?」
口元は小さく笑っていたが、今までに見たことのない真剣な眼差しを俺に向けていた。
「……弥生?」
声を掛けると弥生はそのまま踵を返し、早足で立ち去った。
冷たい風が体を包み込む。
遠ざかる後ろ姿を見つめて、弥生に言われたことを思い出していた。
――どういう、意味だ?
「汐野さんのところに行ってください」
宮白が静かに口を開く。
「汐野さんは、沙雪さんのこと、ずっと想ってるんです。だから、早く……」
ひたむきに、訴えるような瞳が目の前にあった。
「お願いです……」
弥生を追いかけて、どうなる?あいつの気持ちを知って……。
「――行かない。弥生のところに行っても、何も出来ない」
「沙雪さん……」
静かに宮白に近づく。
「俺は、宮白が好きなんだ……」
潤んだ瞳が切なげに揺れるのを、見て見ぬ振りをした。宮白の肩をグッと引き寄せ、唇を奪う。
「お前が、好きなんだよ……」
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