30 / 126

第2章 偽り 06

《perspective:沙雪》 講義が終わり、いつものように資料室に向かうと、宮白ではなく弥生がそこに居た。 「過去の設計資料、探しに来たんでしょ?手伝うよ」 弥生はそう言ってにこりと微笑んだ後、ファイルが並ぶ棚に視線を移した。 弥生の様子が普段と違った気がした。 警備員が学内を回り始めた頃、俺は弥生と一緒に資料室を出た。 「今日は来なかったね、宮白」 「ああ、そうだな……」 並んで歩きながら、ぼんやりと返事をする。 あいつに何か、あったのだろうか……。 「あ……」 研究棟の裏の小路に差し掛かった時、弥生が小さく声をあげた。 「どうかしたか?」 弥生の視線を辿ると、街灯が仄かに照らす暗がりの中に、宮白がぼうっと佇んでいた。 「宮、白?」 咄嗟に宮白の元へと駆け寄る。 「宮白! こんな時間に何して……」 肩を掴んで、こちらに向かせた瞬間、俺は言葉を詰まらせた。僅かな灯りによって見えた宮白の横顔に、キラリと光る涙の線があった。 「おい……どうした!?」 宮白は俺と弥生を一瞥して直ぐに視線を落とし、小さな声で「何でもないです」と言った。 「何でもないって……。だったら何で泣いてるんだよ」 「本当に、何でもないんです……」 俯く宮白の顔を眺めていると、ふとある事に気がついた。いつも左耳につけているピアスが無い。 「お前、ピアスどうしたんだ? あれ、大事なものだったんじゃないのか?もしかして失くしたのか……?」 そう問い掛けた途端、宮白は嗚咽を漏らし、肩を震わせた。 「宮白……」 声を押し殺して静かに涙を零す宮白の姿は、あまりにも儚く、いじらしく思えた。それと同時に、ギュッと胸が締め付けられるほどの愛おしさが込み上げてきて、そこに弥生が居ることも構わず、目の前の細い肩を抱き寄せた。 「大丈夫、きっと見つかる。俺も一緒に探すよ」 回した腕に精一杯力を込めて俺は言った。 「馬鹿、みたいだ」 背後から聞こえた声に、咄嗟に振り向く。 「こんなものの為に、そんなに必死になるなんて」 弥生が冷めた瞳で自身の掌を見たあと、ゆっくりと手を掲げた。指先に摘まれたそれは、紛れもなく宮白のスタッドピアスだった。腕の中で宮白が息を呑んだのが分かる。 「何でお前が持ってるんだよっ……! 今すぐ宮白に返せ」 厳しい口調でそう問い質すと、弥生は俺と目を合わせたままその手を下に向けた。掌から音も立てずにピアスが落ちる。 「何、やってっ――」 屈んでそれを拾い上げ弥生を見ると、呆れたような顔で見つめ返した。 「沙雪はいつも、宮白のことばかりだ」 溜息混じりの声が聞こえる。 「沙雪は変わった。そいつと一緒に居るようになってから……。  ――隣りに居るのは、俺じゃ駄目だった?」 口元は小さく笑っていたが、今までに見たことのない真剣な眼差しを俺に向けていた。 「……弥生?」 声を掛けると弥生はそのまま踵を返し、早足で立ち去った。 冷たい風が体を包み込む。 遠ざかる後ろ姿を見つめて、弥生に言われたことを思い出していた。 ――どういう、意味だ? 「汐野さんのところに行ってください」 宮白が静かに口を開く。 「汐野さんは、沙雪さんのこと、ずっと想ってるんです。だから、早く……」 ひたむきに、訴えるような瞳が目の前にあった。 「お願いです……」 弥生を追いかけて、どうなる?あいつの気持ちを知って……。 「――行かない。弥生のところに行っても、何も出来ない」 「沙雪さん……」 静かに宮白に近づく。 「俺は、宮白が好きなんだ……」 潤んだ瞳が切なげに揺れるのを、見て見ぬ振りをした。宮白の肩をグッと引き寄せ、唇を奪う。 「お前が、好きなんだよ……」

ともだちにシェアしよう!