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第2章 偽り 08

その夜、弥生から電話があった。 「今日のこと、忘れて」 通話ボタンを押した途端、そう告げるものだから、俺は返す言葉が出なかった。 「友達なら、これまでと変わらず一緒に居られる。だから……」 弥生の落ち着いた声が遠くで響く。 「俺は沙雪が宮白のことを見ていても構わない。俺ずっと……沙雪と友達でいるから」 弥生は、俺みたいに弱くない。そして正しかったのだ。 あれから、宮白と俺の間で二つ変わったことがある。 一つは、宮白を“亜矢”と呼ぶようになったこと。 もう一つは、体を重ねるようになったこと。 それ以外は、前とほとんど変わらない関係だった。 そのことが、僅かに歯車を狂わせていくとは、この時知る由もない。 情事中の亜矢は、相変わらず淡白に行為を受け流し、時に俺を煽るまでの余裕ぶりを見せる。 ただ、亜矢から誘うことも、自らの欲を吐き出すことも、一度もなかった。 そこに、この行為に愛が無いことを知る。 それでも、 「沙雪さんが気持ちいいならそれでいいんです」 と、すっぱりと放ったその言葉をいいことに、俺は抱き続けた。 いっそのこと拒んでくれたなら、諦めがついたのかもしれないが。 ――俺のものになればいいのに。 一度でも、一瞬でも、思ってしまったその望みは、じりじりと、自分の心を焦がし、支配する。 俺は、燻っていた。この感情が未だ冷めないままに……。

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