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第2章 独占 01※

《perspective:沙雪》 蕾を付けた桜の並木通りを歩き、講義棟へと向かう途中だった。 「なぁ、宮白」 道行く学生達の会話に混ざり、聞こえてきたその名前に、俺はすぐ反応した。振り返ると、男子学生二人に挟まれて歩いている亜矢が目に入った。 「宮白、今日ウチくるよな?」 肩を組みながら男がそう言っているのが聞こえた。俯き加減の亜矢の顔には、煩わしそうな表情が浮かんでいた。 「……亜矢っ」 気がつくと、俺は亜矢の腕を引いて駆け出していた。後ろから男たちの罵声が聞こえるが、追いかけてはこなかった。 ある程度離れた場所まで行き、足を止め亜矢のほうに目を向ける。白い息を吐き出しながら亜矢が俺を見上げた。 「助かっちゃいました。朝からしつこかったから」 眩しいくらいの笑顔に、思わず目を逸らしてしまう。 再び、並んで歩き出した。 「亜矢、体大丈夫だったか?ほら……この前の」 一瞬亜矢の動きが止まる。 「ん……ヘーキです」 そして、取り繕うように笑って答えた。……また無理をしている。いつもいつもそうやって。 「あ、小林教授のレポート、初めてAとれたんです。沙雪さんのお陰ですね」 俺は隣でニコニコと話す亜矢の横顔を見つめた。 白い肌に華奢な体。大きな瞳に、憂うようなすだれ睫毛。 少し高めの透き通った声を発する、その赤い唇。 「……沙雪さん?」 視線に気付いて上目使いで俺を見るその表情も。 好きだ。好きだ……。 抱くたびに虚無感に襲われる。それでも、恋を拗らせた感情は容赦なく溢れ出る。 だから、亜矢が断らないことをいいことに、今日も俺は言うのだ。 あの部屋で待っている、と。    * * * いつ造られたか分からない建築模型や図面で溢れ返っている資料室。 この部屋で、俺は何度も亜矢を抱いた。 粘着性の音が静かな部屋に響き渡る。俺の股下には、跪き顔を埋める亜矢がいた。 赤い舌を覗かせながら丁寧にソレを舐めている。 「っふ……ぅ……ん……」 時々漏れる声と、たてる水音が厭らしく頭に響く。 どこで教わったのかそれとも慣れているせいか、亜矢の口淫は最高に上手い。口いっぱいに頬張り、顔を紅潮させて懸命に奉仕する姿がさらに欲情を掻き立てる。 「……気持ちい……?」 潤んだ目だけを俺のほうに向ける。 「っ、ああ……。いいよ……」 そういうと亜矢はにっこりと微笑んだ。いつものように、丁寧にコンドームを被せるのを見てから、ポンポンと頭に手を置く。促されるように見上げた亜矢の頬に手を添え、濡れた唇にキスをした。 「亜矢、上乗って」 「ふふ、沙雪さん好きですよね、ソレ」 「馬鹿。背中、床につけたら痛いだろ」 「その台詞、聞くの何回目かな。ほんと、優しい……」 亜矢が膝の上に跨って首の後ろに手を回す。 ゆっくり腰が落とされると同時に、ゾクリと悦が全身を走る。体重をかけられても、その細い体は驚くほど軽い。自分の思うがまま揺さぶるのは容易だった。 「っ!沙雪さん、今日は俺が動きます、から……」 「だ、めだ……お前が動くと、すぐ終わってしまう……」 声を噛み殺すように、短く吐かれた息の音が耳元で聞こえる。さらさらと滑らかな髪が頬をくすぐる。 ふわりと、レモンのような甘い香りが漂う首筋に小さくキスをして、亜矢をこちらに向かせた。 苦しそうな表情だった。 「……好きだよ。亜矢」 好きだ、なんていくらでも言える。だが、それを言う度に、亜矢は一瞬悲しそうな目をしてから、小さく笑う。 どうしてそんな顔をするんだ……。 半年間、何も変わらない。変えることが出来ない。 こいつの中に、何か特別なものが居る。情事のたびに、そう実感してしまう。 亜矢を独占したい。 俺だったらこんな苦しい顔はさせない。誰とも寝させない……。 そう思うのに、この関係が失くなることを恐れている。 嫌だ、嫌だ。 この時だけは、俺のものでいてくれ……。 遣る瀬無い思いを振り払うように、俺は獣になって何度も何度も亜矢のナカを突き上げた。 この体温を、香りを、自分の体に染み込ませるように。

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