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第2章 独占 08

《perspective:亜矢》 目を覚ますと、結月さんが隣に眠る、当たり前の朝だった。 目を瞑り静かに呼吸する、彼の顔を眺める。 透明感のある栗色の髪が、カーテンの隙間から差し込む朝日を受けて、とても綺麗だった。 日中はアップバングで横に流している長い前髪が目に掛かっていて、僕はそれをそっと梳いた。 いつもより開いた眉と、少し色素の薄い睫毛を携えた瞼が露わになる。 筋の通った高めの鼻に、薄い唇。 出会ってだいぶ経つのに、未だにこの顔に慣れない。何度見てもドキドキする。 冷たい頬に手を触れて、額に軽くキスを落とす。 すると大きな手に頭を包まれたかと思うと、ひんやりとした唇が重ねられた。 「……襲ってる?」 「ちが、います……!」 狼狽える僕に結月さんは目を細めて、もう一度啄むように唇に触れた。 光が反射して透き通るような青い瞳を見ながら、僕は考えていた。 ――昨日、沙雪さんと何があったんですか?どうして、あんなことを……? 訊きたい気持ちもあった。けれど、それを訊いたらいけない気がした。 「どうした?」 黙り込んだ僕を、結月さんは不思議そうに見つめる。 ――大好きだ、結月さんが。でも時々、怖くなる。その怖さの対象が何なのか、自分でもよく解らないけれど。 「……なんでもないです」 悟られないように無理矢理笑って体を起こした途端、肩を優しく引き寄せられた。 「亜矢」 少し掠れた声が、心地良く耳に入ってくる。 「もう誰にも触れさせない。亜矢は俺のものだ。全部」 その突然の言葉に、包まれた腕の中から顔を上げて彼を見た。 「え……」 「これまで君にお願いしていたこと、全部終わりにする」 「ほんとに……?もう、あんなこと、しなくていいの?」 「ああ」 一瞬にして、涙で視界が霞む。 「俺のわがままに付き合わせて、悪かった。今まで辛かったよな……ごめん」 結月さんの憂いを帯びた表情に胸が苦しくなった。 「謝らないでください……だって、僕のため、でしょ?」 「……うん」 甘えるような相槌。そして、眉尻を下げて頭を垂れる彼が、まるで悪いことをした後の子供のように見えて、溢れる愛おしさを堪えるように、再び温かい胸に顔を埋めた。 初めのうちは、行為が嫌でたまらなくて、終わった後、独りで泣いた。結月さんに見つからないように、何度も。 約1年間の密命。 ああ、やっと、終わったんだ……。 「亜矢、好きだよ」 抱き締められながら、大きい掌で、そっと髪を撫でられる。 「……足りない」 「え?」 「ご褒美、ちょうだい……?」 結月さんは少し困ったように笑って、直ぐにキスをくれた。 互いに指を絡めた両手が、ひんやりとしたシーツの上に落ちる。 少し肌寒さを感じていた体は、すぐに熱を持った。壊れ物を扱うように優しく抱かれて、彼と初めて繋がった時のことを思い出した。 「もう二度と、君を傷つけることはしない……」 気持ちよさに靄がかる意識の中で、その言葉を聞いた。 ――とは違う。 この全身を縛り付けられるような真っ直ぐな瞳を見るたびに、言葉にできない怖さを感じるたびに、愛されていると実感する。 結月さんを信じたい。 いつか、僕たちのこの身勝手な行為によって、報復を受けることになったとしても……。 第2章 終

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