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第2章 独占 07
あれからどれくらい経ったのか分からない。長い時間だったかもしれないし、ほんの数分かもしれない。
ただ、気付いた時には、亜矢はベッドに横たわって目を瞑り、目の前にはあいつが立っていて俺を見下ろしていた。
「まさか本当に黙って見ているとは。
お前、いつもアレ、着けてくれてるんだって?さすが優等生は違うな」
ゴトン、と上からティッシュケースが落とされる。
ぼんやりと一ノ瀬を見ると、嘲笑うように言った。
「……しかし、お前もまだ子供だな。あの亜矢を見て興奮したんだろ」
その台詞が癪にさわり、俺は立ち上がって一ノ瀬を睨みつけた。
「……お前っ!亜矢の彼氏なんだろ?」
「ああ」
「じゃあどうして、他人の前であんな卑劣な真似をするっ?!どうして、自分以外の男と毎日のように寝させるんだ……!」
捲し立てる俺を面倒くさそうに見てから、一ノ瀬は吐き捨てるように言った。
「お前たちは調教の道具だからだ」
「何、だって?……調教?!」
わけが分からない。
言葉を失っていると、溜息混じりに言葉が紡がれる。
「……亜矢は、穢れた男どものせいで過剰に反応する体に仕立て上げられていた。
そのせいで愛されることをずっと怖がっていた」
一ノ瀬の視線が、眠っている亜矢に向けられた。
「お前や他の男に抱かせたのも、亜矢の異常な欲を制御させるため。誰にでも、無理矢理でさえ感じてしまう体に、限界を教えこむためだ。
……俺以外で、達することがないようにと」
「……何だよ、それ。狂ってる」
「“狂ってる”、か。それでも結構。
まあ既に、十分に俺だけにしか反応しない体になっているようだがな。……だから」
そこで一呼吸置いて、冷めた目で笑って言った。
「もうお前は必要ないよ」
一気に頭に血が上る。
今まで、利用されていただけ。この男に。
それでも、俺は……。
一ノ瀬の胸倉を掴みこちらを向かせる。一瞬にして瞳に鋭い光が差したのを無視して、感情のまま言葉をぶつけた。
「何を言われようが、俺は亜矢から離れない……!もう必要ないのなら、カラダの関係は無くていい。
好きなんだ。初めから、亜矢のことが……」
亜矢がこいつのことを本当に愛しているのなら、これ以上は求めない。まだ、一緒にいたい。たとえ不毛な望みだとしても。
「まだ解らないのか、お前はっ……!」
服を掴んでいた手を一ノ瀬が強く解き払った。その衝撃で体が壁にぶつかる。
「っ……!」
静かに一ノ瀬が迫ってくる。
「……だから、お前を傍に居させることはできないんだよ!
亜矢は少なくともお前を慕っている。他の男とは違う何かを抱いている……」
ドンッと、耳の横で拳が壁を打つ。
「お前の……亜矢に対する恋愛感情が邪魔なんだよ!亜矢の心を少しでも掻き乱すヤツは許さない……!」
怒りを携えた射抜くような瞳を向け、そして、一ノ瀬は唸るように言った。
「亜矢は誰にも渡さない。もう二度と、近づくな」
暫く沈黙が流れる。俺はその言葉を拒否することなく、ただ睨みつけていた。
無言で一ノ瀬を押し退け、上着を羽織り、ベッドのほうに目を遣る。
幸せそうに眠る亜矢の姿がそこにあった。
近寄って手を伸ばし、ゆっくりと亜矢の柔らかい頬に、髪に触れた。そして、唇にそっと口づけをした。
その間、一ノ瀬は何も言わず、制止することもなかった。俺のこの行動が、亜矢との最後の別れだと思っているのか。
そんなことあるはずがないだろ……。
これで最後なんて、あるはずがないだろ……?
俺は目を合わせることなく一ノ瀬の横を通り過ぎ、部屋から出た。
あんなことを言われたぐらいで、諦められるわけがない。偽りだったとしても、亜矢は俺を見てくれていた。これで終わりになんか、絶対にさせるか。
ほとぼりの冷めやらぬ脳内の中で、ただひとつの感情が煩いほどうごめいた。
――絶対に、一ノ瀬から亜矢を奪ってやる……
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