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【番外編】かわいい嫉妬 02
リビングに再び戻ると、会話が弾んでいるのか、ふたりとも暫く俺が戻ってきたことに気付かなかった。
この楽しそうな空間と正反対な場所にこれから行くのかと思うと、憂鬱極まりない。
カフスボタンを留めて、ジャケットを羽織りながら、はぁ、とまた一つ溜息をついてしまった。
「結月さん」
気づけば近くに亜矢が居た。
「どうした?そんなに見て」
穴が空くほど、じっと俺を見つめている。
どこかおかしいところがあるのかと、身に着けたスーツに一通り目を遣ってから、再び亜矢に目を向けると、顔を赤くして視線を逸した。
「いつもと、雰囲気が違うので……。髪も……」
社屋やクライアントのところに出向く時はさすがにスーツを着るが、屋敷や自宅でリモートワークするときは、ビジネスカジュアルでいることが多かった。
いくら不動産業という堅めの業界にいるとはいえ、このご時世、スリーピースをかっちり着るという事は、重要な商談や会食以外にはあまり無い。
加えて、いつもは前髪をセンターパートで上げているが、スーツに合わせてオールバックで固めていた。撮影担当のスタイリストからの指示だったのだが。
「……変か?」
「違いますっ、それ、似合いすぎです……」
熱を帯びた眼差しで、小さくそう言われると、何故か俺も恥ずかしくなる。
「何だよ。今更、君が照れるほどのことでもないだろ」
「結月様、また、多くの方からお声がかかりますね。……主に女性から。いまは女性経営者も多いですし」
神霜のその言葉に、先刻言わんとしていたことが解って、少し苛立った。
――あれほど嫌っていたこの容姿までも、利用するというのか。相変わらず、恐ろしいヒトだ。
「指輪でも、つけておくかな」
左手を見ながらそう呟くと、
「駄目です!」
と亜矢が声を荒らげて、その手を取った。
「だ、めですっ……!」
耳まで紅く染めて俯く姿を見て、思わず俺も赤面する。
そんな俺たちの様子を見兼ねてか、神霜は「車、準備してきます」と棒読みで言って、足早に部屋から出て行った。
「手、痛いぞ。亜矢」
気づけば、血流が止められてしまうのではと思うほど、ぎゅっと左手を握られていた。
「そもそも、何でそんなにムキに――」
「指輪はっ、“そういうこと”してもいい人が出来てからにしてくださいっ」
頬を紅潮させて見上げる亜矢が愛おしくて、思わず小さく笑ってしまう。
「君の言う“そういうこと”してもいい人、目の前に居るんだが」
「え……」
「解らなかったのか?初めからそういうつもりで言っていたのに」
解かれた左手をひらひらさせながら言うと、亜矢はさらに顔を赤くした。
「まあ……つけないけど。まだな」
「ゆ、づきさん……」
「その場しのぎみたいにするのは本意じゃない。もし、“その時”が来たら……」
亜矢の左手を取って、薬指にそっと唇を寄せる。
「ちゃんとさせてくれ。亜矢」
次の瞬間、頬に温かく柔らかいものが触れた。
「僕も、同じ気持ちですから」
潤んだ瞳に、唆されそうになったその時、ブブブ……と近くのテーブルに置いてあったスマホのバイブレーション音が鳴る。着信が神霜からであるのを見て、今日何度目かの溜息をついた。
「……完全に行く気が失せたな」
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