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第3章 歪み 03
「……あの、沙雪さん?」
「どうした?」
「あの時、結月さんと何が……」
言ってしまった後で、後悔した。
鈍く、沙雪さんの瞳が光る。僕ははっと息を呑んだ。
いきなり腕を引かれたかと思うと、背中に固いものがぶつかる。
気がつけば床の上に組み敷かれていた。
「俺は、亜矢が好きだよ。この半年間もお前のことを想ってた、ずっと。……だから」
ギリと両腕を掴む手に力が籠もる。
「――あいつと別れたら、俺のこと、好きになってよ」
「え……」
「すぐに忘れてしまうくらい、たくさん慰めてやるから」
何を言われているのか解らない。
あまりにも突然のことで、ただ彼の顔を見つめるしかなかった。
僕が映る漆黒の瞳。遠くで何かが警鐘を鳴らす。
……怖い。
「沙雪、さん……?」
ゆっくりと服に手が伸びる。僕はそれを反射的に叩いた。
「亜矢、どうしたんだよ?前と同じことをするだけじゃないか。今まで一度も拒んだことないだろ」
哀しそうな目をぶつけられる。違う……僕の知っている沙雪さんじゃない。
「ああ……そうか……」
耳元に口づけられ、そして、
「あいつの調教、終わったんだ……」
低い声で囁かれた、その言葉。
――調教。
「なんで知って……!!」
咄嗟に上体を起こした。
結月さんという恋人がいることは、あの日知られてしまった。僕の本当の姿も。でもそれだけだと思っていた。
密命――調教と言う名の行為のことはずっと隠していたつもりだった。それなのに。
「……あの時!」
「ああ……あいつから聞いた。
本当に酷い奴だ……ヤるだけヤらせて、お前に恋愛感情を抱く奴は遠ざけようとする。
だったら初めから、他の奴なんかに抱かせなければいいものを……」
沙雪さんに肩を押され、再び寝かしつけられた。真っ直ぐ見つめる瞳に、静かな怒りが見える。
「あいつは相当、お前に惚れ込んでるんだな。あの独占欲は本当に恐ろしいくらいだったよ、亜矢。
でも、詰めが甘かったみたいだな……こんなにも無防備だ」
液体の入った瓶を傾けて、何かを口に含むのを見た瞬間、乱暴に唇が重ねられた。
「っ……!んぅ……!」
どろりとした液体が口の中に流し込まれる。突然のあまり、それをゴクリと飲み込んでしまった。
「っ何……?」
一気に恐怖が襲う。狼狽える僕を見て、沙雪さんはクスリと嗤った。
「さあ……何かな……」
「っぅん……!う……」
再び口に含まれる甘い液体。口腔が焼けるように熱くなる。
……これは何かの薬?
そう気づいて、飲んでしまわないように必死に喉を絞めると、沙雪さんは僕の頬をパチンと軽く叩いた。
「っひ……!!」
コクン……
叩かれた衝撃で喉を鳴らすと、沙雪さんは満足そうに微笑んだ。
すぐに視界がぼやけてきた。相当強い薬らしい。体中が疼く……。
「真っ赤だぞ……熱いのか?」
「一体……何をするつもり……」
「熱いなら、脱がせてやるよ」
「やめ、て……!」
胸を拳で叩くと、その腕を痛いほど掴まれる。
歪んだ口元から、目を逸らすことができなかった。
「甘いんだよ……そんな簡単に身を引くほど馬鹿じゃない……。
どんな手を使ってでも、あいつからお前を奪ってやる」
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