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第3章 戒め 08
その夜は、憎いほど月が綺麗だった。
「要らない」と言われた。
僕は、もう、彼から離れるしかない。
“人形”。
耳に纏わりつくその言葉に、閉じていた過去の蓋が開く。
一気に流れ込む闇。広がる傷口。
僕は、二度も愛して、信じて、失った。
それでも、体の中に残された熱は、カタチを保って支配する。
離れたくないとソレが叫ぶ。
荷物をまとめて家を出た瞬間、彼の連絡先はすべて消去した。
その時、最後に届いていたメッセージが目に入った。
“早く亜矢に会いたい”
メールでは滅多にやり取りしない彼が送ってくれたメッセージ。
『たった数日会っていないだけなのに、情けない。だが、あのカードを見ていたら、つい……』
嬉しくて思わず電話を掛けると、彼はあからさまに狼狽えた様子で、少し気恥ずかしそうにそう話した。低音の少し掠れた声に、トクリと胸が鳴った。
『帰ったら、君が作るビーフシチューが食べたいな』
甘えるように言われて、たまらない愛おしさに笑みが溢れた。
それはつい昨日のこと。
もう、戻ってこない、幸せな日常……。
過去の憎悪に再び囚われながら、それでもまだ人を恋しく思ってしまう自分は、なんて愚か。
これはきっと、当然の報いだ――
第3章 終
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