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第4章 再会 06

千尋兄は、腕の中に僕を閉じ込めたまま、暫く黙って、僕の髪を梳くように撫でていた。 この感じ、すごく違和感がある。 それは、結月さんの時みたいに、しっくりとそこに収まるような、馴染むような、そんな物理的な違いとはまた別のものだ。 ――この人に、こんなふうに抱き締められたこと、あったっけ……? 「風呂、入りたい」 彼は唐突にそう言ったかと思うと、徐に体を離した。 以前のように、強引にカラダを求められるのではと身構えていた僕は、不意を突かれて戸惑うと同時にホッとした。 「え、あ……お湯入れてくる」 直ぐに部屋から出て足早に風呂場に向かう。 給湯器のスイッチを押して、湯が噴射口から勢いよく流れ入るのを眺めながら、絵の具のように混ざり合う色々な感情を落ち着かせた。 4年……。 掻き上げてワックスで後ろに流した前髪。前は横に流していたような気がする。 首筋から微かにウッディ系の香水の薫りがしていた。それはたぶん、変わっていない。 あんなに体、大きかったかな。背は結月さんと同じくらいなのに、肩幅が広いからそう感じたのかもしれない。鎖骨と胸骨がゴツゴツして、それが当たって痛かった。胸板も腕も、結月さんより固くて。 頬に触れた指先は、少しカサカサしていた。ささくれなんて見たことがないくらい、いつも滑らかで綺麗だった結月さんの指とは全然違う。相変わらず、研究、忙しいのかな……。 そこまで考えて、パチンと両手で頬を叩いた。 「馬鹿、みたい……」 ――結月さんとあの人を比べて、一体、どうしようというの。 「お前も一緒に入る?」 突然声をかけられて、ビクリとする。 気づけば、着替えを持った千尋兄が背後に立っていた。 「ひ、一人で、入るから……!」 焦って声を出したせいで裏返ってしまった。 恥ずかしくなって俯くと、「今更そんな反応することかよ」とせせら笑う声が聞こえた。 「まあ、どうせお前の裸、後からたっぷり見られるし」 顔を上げると、整った唇が僅かに歪んでいるのが見えた。         * * * 「これ、何?」 お風呂上がり、ペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら冷蔵庫の中を見ていた千尋兄が僕に訊いた。 耐熱ガラスの容器を手に持っている。僕が答える間もなく、彼はその蓋をぱかりと開けた。 「ビーフシチューじゃん。これ、いつも(宮白家)の?」 小さく頷くと、「久しぶりに食いたい」と、先程までの妖しげな笑みとは対照的な、朗らかに緩めた表情を向けられて、またそれに面食らう。 鍋で温め直したビーフシチューに、軽くトーストしたバゲットと、生ハムのシーザーサラダを添えて、食卓に出す。 千尋兄は、「いただきます」と軽く手を合わせて、早速ビーフシチューをスプーンに掬って口に運んだ。 「美味(うま)いな」 独り言のように静かに発した言葉に、思わず彼を見る。目が合うなり今度は「美味しいよ」とはっきり聞こえる声で言った。 「数年経っても覚えているもんだな。ちゃんと、姉さんの味だ。  というか、こんな手間のかかるもん、何で作ってんの?一人なのに」 「え、……作りたくなったから。……ただそれだけ」 一瞬ドキリとして、直ぐに冷静を装って返すと、「ふぅん」とぼんやり呟いて、再びそれを口に含んだ。 「お前、昔から料理上手かったよな」 懐かしむような、柔らかな微笑み。 ――この人、こんなふうに笑う人だったっけ……? は違った。それは解っているのに、それよりももっと前の情景が透けて見える。その(かすみ)の中の彼は、とても優しい瞳をしていた。

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