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第4章 再会 07
綺麗に空になった食器を片付けてからお風呂に入り、リビングに戻ると千尋兄の姿はなかった。
どこに行ったんだろう、コンビニだろうか、と思いながら自室の扉を開けると、彼はそこに居た。
ベッドのヘッドボードに背中を預け、スマホの画面を見ながら誰かと英語で会話をしている。女性の声。内容からして、仕事関係ではなさそうだ。
千尋兄が英語で話しているところ、初めて聞く。結月さんと同じくらい流暢だ。
それにしても、リラックスしたような笑顔に、高めのトーン。相手は、彼女かな……。
「Say hi to Oliver for me.(オリバーによろしくね)」
千尋兄がちらと僕を見て終話した。
「ずいぶん長風呂だな」
「何で、いるの……?」
「何でって、どうせお前、俺の布団用意してないだろ。ソファで寝させる気かよ」
そうだった。空き部屋のベッドに来客用の布団、出しておかないといけなかったんだ。昨日のお母さんの電話、「シーツとカバー、洗濯しておいて」って、きっとそれを伝えに……
「今日はここで寝させて」
「……どうぞ」
自分はリビングで寝ようと、急いで開いたドアを閉めようとすると、「亜矢」と呼び止められる。
その強い口調に思わず固まってしまうと、千尋兄がゆっくりと近づいてきた。
「どこに行くんだ?……もちろん、一緒に寝るよな?」
頬に手を添えられ、じっと覗き込まれる。
澄んだ茶色の瞳に、僕が映る。
――この目は怖い。抗えない。
無言で手を引かれてベッドまで連れて行かれる。
肩を上から軽く押され、促されるままそこに座った。
メインの調光が落とされ、ベッド脇の間接照明だけがほんのりと空間を照らす。
千尋兄がこちらを向くように隣に腰掛け、組んだ片脚の膝に立てた腕で頭を支えながら、僕の全身を静かに眺めた。真顔のまま、すべてを調べられているような視線の動きに、意味もなく緊張する。
急に彼は、ふ、と口元を緩めた。
「な、に」
「パジャマ着て寝てんの、変わらないんだ?かぁわいい」
砕けた調子でそう言われる。下ろした前髪から覗く悪戯っぽい瞳に、居た堪れなくなってパッと顔を背けた。
「着替える」と立ち上がりかけるのを、腕を掴まれ制止される。
「どうして? お前らしくて、俺は好きだけど」
驚くほど、優しい声。
――『変?どうして? 君らしくて、俺は好きだよ』
何で、こんな状況で思い出してしまうんだろう。絶対に消さなければならない、その記憶を。
そうだ。千尋兄がおかしいから。
お前らしくて好きだ、なんて、こんなこと前は言わなかった。
食事の時の穏やかな表情も、変だ。
さっきも、まるで心までも包み込むような抱き締め方をして……。
こんなありえないこと、以前の彼だったら、するわけない……。
そう思うのに、再び靄 のように頭の中に現れる。あの頃より前の、千尋兄の姿が。
――ああ、僕は、この人のことが……
つつ、と、首筋に指先が当たる感覚に、ハッと我に返る。
「自分で脱げよ。全部」
首筋から鎖骨を通り、腹の辺りまで服越しに指先でなぞりながら、冷めた声で言われる。
捉えどころのない現実の彼と過去の幻像に、心が揺さぶられてしまう。
これは彼 のせい?
――それとも、“そうされたい”という、自分の意志?
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